遠くから聞こえる子供の歓声に銀時は目を覚ました。
枕もとの目覚まし時計で時間を確認する。
―7時半。起床には早い時間だ。
毛布を顔の下半分が隠れるまで引き上げて身震いをする。今日はやけに寒い。
息を吐き出すと、隙間から白い気体となって空気中に溶けていった。
隣に並んだ布団に視線を向けるとそこは既にもぬけの殻。几帳面な少年にしては珍しく、畳まれていなかった。敷布団の上に掛け布団が、起き出した時のままの妙な形に盛り上がっている。
新八はもう起き出しているらしい。この寒い中ご苦労なことだ。
昨夜降り出した雪が積もるでもしたのか、窓から漏れる朝日がいつもより眩しく感じた。
外の様子を確認しようと思ったが、布団から這い出る気力は湧かない。空気を吸うだけで鼻の頭が痺れるほど、部屋の中は冷え切っている。
銀時を眠りから覚ました歓声に耳を傾ける。
近所の子供たちだろうか。
―朝っぱらから騒がしい、近所迷惑考えろ。
悪態を吐くのは自分の性分のようなもので反射的に舌打ちが零れたが、胸中に不思議と不快感はない。
寧ろ、響く高い声はしっくりと耳に馴染み、穏やかに寝起きのぼんやりとした頭に木霊した。
注意深く耳を澄ませて、会話の切れ端から外の様子を探る。
「あ~冷たっ!見てよこれ手が真っ赤!!」
「カキ氷作れるネ!シロップ残ってたカ?」
やはり外は雪が積もっていたらしい。
積もったとはいってもここは大江戸。北国ではないのだ。精々二・三センチ程度のものだろう。それでも充分珍しいことだが、雪遊びには物足りない量。
そんなものでこれだけ浮かれ騒げるのだから、子供というのはお手軽だ。
「食べちゃダメだよ!真っ白に見えても意外と汚いものなんだから」
「解ってるヨ。私はそこまで意地汚い女じゃないネ!定春、めっ!食べちゃだめアルよ~!」
……どうやら、表で騒いでいるのは新八と神楽、定春らしい。煩いはずのガキの声が不愉快に感じない理由を悟った。道理で耳に馴染むはずだ。自分は四六時中あの声に囲まれて過ごしているのだから。
この寒い中、よくもまぁあんなにはしゃげるものだ。普段は子供扱いしたら不満げな顔をするくせに、しっかりと子供を満喫している二人の様子に無意識ににやついた。
実年齢より大分大人びた態度の二人。
時折見せるようになった年相応の無邪気な表情はたまらなく銀時を幸福にする。
滅多に他人に甘えない、甘えることの出来なかった彼らが心底安らいだような笑顔を見せると、どうかすると泣きそうにさえなるのだ。
新八が眠っていた空っぽの布団を眺める。
飛び起きて、窓の外を真っ先に見極める。
布団を畳む時間すら惜しんで押入れに眠る神楽を起こす。
寝ぼけ眼の神楽を玄関に立たせて、勢いよく扉を開ける。
真っ白に染まった町並みを、どうだと言わんばかりの得意気な顔で見せ付けるために。
目の前に急に広がった真っ白な世界に、瞬時に眠気の吹き飛んだ神楽は新八の手を引いて、定春を連れて外に飛び出す。
そこまで想像して銀時は、胸騒ぎを覚えた。
布団を畳む余裕すらなかった新八。
寝起きの神楽。
一夜にして姿を変えた町並みに寒さを忘れて浮かれる子供たち。
じりじりと湧き上がる焦燥に耐えかねて銀時は跳ね起きた。
瞬間、皮膚にまとわりつく冷たい空気に躊躇うことなく掛け布団の上にある半纏を羽織り、そのまま玄関へ向かう。
冷気が板敷きの床から足の裏を伝い全身に広がる。吸い込んだ空気が体を内側から冷やす。
今日は馬鹿みたいに寒い。外は、もっと冷えるはずだ。
予感的中。心配通りだった。
玄関から見下ろす「スナックお登勢」前の道路。子供たちは寝起きのいでたちに半纏をまとっただけの姿でひたむきに雪遊びに興じている。
手袋をしない裸の手は指先が見事に真っ赤だ。既に感覚は麻痺しているのだろう。
水仕事をしていると冷えて手が荒れることに文句を言い、湯沸かし器をねだったのは新八だ。自ら冷やしてるのはおめーじゃねーか。
溜息を吐く間もなく銀時は掠れた声を張り上げた。
「てめーら、何っちゅー格好で表出てんだっっ!!!」
響き渡る銀時の声にびくりと体を震わせて、二人と一匹は同時に銀時を見上げた。
そしてぱっと瞳を輝かせる。
「銀さぁ~ん!見てくださいっ!すごい積もりましたよっ雪!雪ですっ!!」
「銀ちゃん!見てよコレ真っ白アル!!ふわふわ!!」
「わん!!」
銀時の登場に先刻よりも浮かれた声が上がった。
定春の前には巨大な、でこぼこの雪玉。恐らく鼻先で転がして嵩を増したのだろう。
神楽の手には泥だらけの雪の塊。地面の雪を手当たり次第かき集めたようだ。
新八の前には不恰好な雪だるま。定春の作った雪玉を土台にして、神楽の作った雪の塊を頭にしたものだ。でこぼこだが泥は見当たらない。外側の泥を隠すように、比較的汚れのない雪で不器用に形を整えたのだろう。
彼らの傍らに止まっている原付きに視線を移す。シートに積もっていたはずの雪は丁度半分、取り払われていた。布団を畳むのは忘れても、少年の几帳面さは失われていなかったようだ。きれいに積もった形を出来るだけ損なわないように、シートに対して垂直に取り払われた雪。
撫でるように整形されたつるつるの表面。それでも全体のでこぼこを被い尽くすことは出来ていない。
二人と一匹の力作、歪な雪だるま。
こいつらは俺が居ないと雪だるま一つまともに作れないのか。
銀時が積もった雪に心を弾ませて共にはしゃぎ回ることを信じて疑わない三対の瞳。きらきらとこもる期待は眩しすぎる。
その視線から逃れるように銀時は俯いて、ここでようやく外気にぶるりと身を震わせた。
あの眼差しに晒されたら自分はどうしようもなく居たたまれない、くすぐったいようなむず痒い気持ちになってしまう。肺の辺りからじわじわと暖かな液体が湧き出るような感覚に見舞われる。
今すぐ階段を駆け下りて、はしゃぐ子供たちを抱き上げて頬ずりして腕の中に閉じ込めてしまいたい。
冷え切っているであろう子供たちの体に自分の体温を分けてやるのだ。
―かわいい愛しい嬉しい幸せだ!
きゅうと胸を満たす感情を抑えこんで銀時は喉を振り絞った。
「そんな格好で外に出たら風邪引くぞコノヤロー!」
緩みそうになる口元を引き締めて出来るだけ怒ったような声を出す。
何を怒られているのか解らない、という思いそのままにきょとんと目を丸くして、揃って首を傾ける二人と一匹にますます愛しさが募ってしまった。
この様子では何を言っても無駄だろう。寒さのせいか騒いだせいか、頬を上気させた子供たちの興奮を鎮めるのは不可能だ。
何より、ひたすら楽しそうな笑顔に水を差したくはなかった。
彼らのくるくると喜びはしゃぎ回る姿は、自分には勿体ないほどの幸福を運んでくれるのだ。
子供たちに盛大な溜息を見せ付けて、銀時は室内に戻っていった。
和室まで駆け足で引き返し、敷きっぱなしの布団を跨いで衣類の仕舞われている箪笥をひっくり返す。
後で新八がぷりぷりと怒りながら片付けるだろう。
確かここにあったような……
ごぞごぞと整頓されていた衣類を掻き分ける。
目当ての物を探し当てた。
急ぎ再び玄関へ向かう。
「おらぁ!ガキども!!風邪引くなよ!!」
マフラーに毛糸の帽子、耳あて。手袋は見当たらなかったから代わりの軍手を子供たちに投げつけた。
「あっ!ありがとうございます銀さんっ!」
「銀ちゃんにしては気が利くネ!」
「わん!」
上がる喝采を背にまた室内に戻る。
今度は浴室へ向かい風呂を沸かす。いつ冷え切って凍えた体が戻ってきてもすぐに暖めてやることができるように、熱めに沸かす。
台所へ向かい、コンロに火をつけた。朝炊き上がるようにタイマーがセットされていたのだろう炊飯器は保温状態のまま放置されている。蓋を開けてしゃもじでかき混ぜる。
まったく、今日の朝飯の当番は神楽じゃねーか。何で俺が……。
緩む口元でぶつぶつと文句を言いながら、炊き立ての白米の匂いを乗せた蒸気を顔面で受け止めた。
手早く食べられて、それでも体はしっかり温まるように、雑炊の下ごしらえを整えたところで銀時は己もマフラーを首に巻きつけ手に軍手をはめて、外に飛び出した。
―俺は大人として、子供たちに正しい雪だるまの作り方をレクチャーしなければならない。
「朝っぱらからやかましいんだよガキどもがぁっ!!!」
ほかほか湯気をたてた四つの肉まんを手に、階下の住人の怒声がかぶき町に響き渡ったのは三十分後のことだった。
近所の子供たちが僅かな雪で小さなかまくらを作り上げていたのに感動しました。
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万事屋
正月は苦手だ。
皆が皆、 新たな一年に向けた抱負とやらを掲げ、 そんなもの一月も経てば忘れてしまうのだろうに、 それでも 「今年こそは!」 なんて鼻息荒く、 決意に目を輝かせている。
新八も、 神楽も。
俺はそんな二人を見て彼らの決意が無駄になることを祈っているダメな大人だ。
だって日々めまぐるしく成長する二人にただでさえこの身はすくむ。 それなのに、 目標なんて持ってそれに見合う努力を続けて加速した成長速度では、 あっという間に俺の手を離れる日が来て、 個々の人生を歩み出すに決まってる。
なぁ頼むから前ばっかり向いてないで、 たまには後ろを振り返ってみろよ。
余裕綽々の顔して胸の内ではみっともなくあがいているダメな大人を置いていかないでくれよ。
いくらダメな大人でも新八と神楽の成長を阻害する気持ちは毛頭ない。
二人の歩みを一番間近で眺めるのは俺だ。 自分でも呆れるほどの独占欲。
この子供たちは俺の傍でぬくぬくと大きくなる。 本人さえ気付かないような、 去年と今年、 先月と今月、 先週と今週、 昨日と今日の差異を、 誰よりも早く見つけてやるのだ。
そのことに堪えがたい喜びが湧き上がる。
ただ、 ほんの少しだけ歩幅を緩めて欲しいだけだ。
成熟した二人が真っ先に別れを告げるのは、 きっと俺だから。
いつの日か、 幾分か背が伸びて、 それでも相変わらず駄眼鏡な新八がいつものように掃除でもしながら、 少し畏まって告げる。
「道場の復興の目処が立ったんです。 これからは恒道館道場当主として、 一層剣術に励んでいくつもりです。 今まで、 本当にありがとうございました。」
改まってアンタにこうやってお礼を言うのは何だか恥ずかしいですね、 なんて寂しそうに笑う顔に少年だった頃の面影を探している自分に気付いたとき、 俺は新八がもう子供ではなくなってしまったのだと理解する。
押入れにすっぽり収まってしまう小さな神楽は、 果てしなく広大な宇宙を多分父親と一緒に駆け回る。
こいつにかかれば宇宙だって窮屈だろう。 それくらい、 のびのびと。
「じゃぁ、 ちょっくら行ってくるアルよ~。 今まで世話になったナ。」
新八とは違いあまりにもあっけらかんとした顔で軽い言葉を残して。
明るい笑い声は幼さを残したままで心配ばかりが募るが、 それでもあいつなら大丈夫だろうという確信を持ち、 黙って見送る。
手のかかる子供たちはそれぞれに己の道を歩むのだろう。 俺を残して。
大切な宝物には輝かしい未来を。 一寸の狂いもなく正解だ。 決して遠い未来じゃない。
きっと、 祝福できるはずだ。
そして俺は二人の残した痕跡、 例えば新八が掃除機をぶつけたときにできた柱の傷や、 神楽が乱暴に開け閉めしたことで立て付けの悪くなった襖なんかを目にする度に万事屋に木霊するかつては確かに傍にあった二人の笑い声に包まれる。
その瞬間から始まるのは、 長過ぎる余生。
色とりどりの思い出を一つ一つ手にとって懐かしんでいる間に終わりが来るはずだ。
俺の人生は、 こいつらと過ごした時間そのものであって欲しい。
「僕、 今年こそは銀さんの糖尿を治して見せます!」
「私もネ! 今年こそ銀ちゃんの足臭いのフローラルにしてみせるアル!」
「……。 お前ら、 自分の抱負は自分の力でなんとかしなさい。」
告げられた二人の抱負はどちらも銀時に委ねられたものだった。
輝く二対の瞳はまっすぐに、 淀んだ一対の瞳に向けられる。
銀さんの抱負は何ですか?
銀ちゃんは抱負決めたアルか?
銀ちゃんは抱負決めたアルか?
毎年肥大化する望みは年々確固たる形状を築いてきた。
今年も三人と一匹で笑いあいたいな
少しでも長くこいつらと過ごせたらな
いっそのことずっと一緒に居たいな
少しでも長くこいつらと過ごせたらな
いっそのことずっと一緒に居たいな
叶えること決しては許されない願いは祈ることすら罪だ。 与えられた果報に満足できず、 もっと、 もっとと求めてしまう。
そうさせているのは紛れもなくこいつらだ。
俺の心中などまるで無視して更に欲を煽るようなことをしてのける。
二人の言葉は当たり前のように今年も俺の傍に居ることを示していて、 もしかするとこれが毎年続いてくれるのではないかなんて期待を抱かせる。 そんなはずないのに、 そうであって欲しいと思ってしまう。
その期待はやがて来る別れをひたすら悲しく演出するものでしかない。
それでも俺は元凶たる二人の視線から目を背けられずにいる。 だって心地よすぎるのだ。
「俺は新八のアイドルオタク卒業させて、 神楽の大食い止めて、 定春の噛み癖を直す。」
胸に仕舞い込んだ、 幼い二人には重過ぎる願いを悟られないように軽口で返した。
図らずとも 「今年も一緒に居る」 ことを表した言葉になってしまったが、 これくらいは許されるだろう。
心外だと訴える不満顔二つと、 後ろからがぶりと噛み付かれた痛みが愛おしい。 ……マゾっ気があるわけじゃねーけど。
「お前らの抱負だって似たようなもんだろ、 俺は糖尿でもねーし足臭くもねーよ」
誰からともなく繋がれた手は俺の願いを肯定してくれているようで、 どうしてこんなにも幸せなんだろうなんて浮かれて、 口を滑らせたくなる。
俺の、 家族になってくれないかな
今年も膨らんだ願いが、 とっくに叶えられていることに銀時が気付くことはなかった。
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