イボ編で神新
というか神→新
仕事仲間、 家族、 兄妹、 親子……。
普段から女ッ気のない新八の、 アネゴを除いて一番近しい異性。
それが嬉しくもあったし、 誇らしかった。
いつからか芽生えていた、 自分でも可愛らしく思えるほど清冽な愛情。
大切に仕舞い込んでたまに取り出しては眺めていた。
日々肥大化することで抑圧された心が窮屈だと叫ぶ。
私はそっと、 新八に甘える。 ぐるぐる渦巻いていた淀みがすっと体に沁みこんで新鮮な心が生まれる。
それをずっと、 繰り返している。
多分、 私の中で一番上質な心。 新八が与えてくれたものだから、 ただ大切だった。
これまで築いてきた間柄を破砕してまで新しい関係を望むほど欲張りにはなれない。
私は充分に満たされていた。
きっと私と新八の間に流れる空気はいつまでも変化することはない。 ずっとこのまま。
そう思い込むことで安心できたし、 それ以上を望む心には蓋をした。
守らなければならないのはこの大切なつながり。 ……本当は臆病なだけなのかもしれないけど。
イボに寄生された二年後の世界。
成長した私の姿に戸惑う新八がひどく遠くに感じられた。
「神楽ちゃん」
いつも私を優しく呼んでくれる声が好きだった。 あんなに音痴なくせに、 どうしてこんなに耳ざわりの良い音を作り出せるのか不思議だ。 何度もその声が発せられる口元を観察し、 その声を生み出す喉の外側、 首筋に触れた。 何の特徴もない唇が喋るごとに開閉して、 私より少し太い首の真正面にある小さな喉仏が上下する。 それだけだった。
「神楽さん」
そう呼ばれた瞬間、 イボに侵食されて朦朧とした意識の中で心臓が軋む音を聞いた。
伸びきったカセットテープ、 埃まみれのスピーカー、 「神楽さん」。
二年の間に開いた距離は、 あの暖かな響きさえ奪ってしまったのだろうか。
私と新八は、 仕事仲間で、 家族で、 兄妹で、 親子。 変わらないと信じていた関係。
それが少し身体が成長しただけでこんなにも脆く崩れ去った。
私は子供でいるべきだったのだ。 身体も、 心も。
幸せだったはずなのに、 心の奥底では望んでいた「もっと」。
手を繋ぐときには、 指を絡めあうような甘さを。 後ろから飛びつくように甘えるのではなく、 正面から優しく抱き合える関係を。
望むあまりに、 私は失ってしまったのだろうか。
体の内側から這い上がってくる悪寒にぞっとする。 心臓はこれまでにないほど強く鼓動を刻むのに、 血の気が引いていくのを感じた。
万事屋を飛び出した新八を引き止めることさえできなかった。
ヤムチャヅラした銀ちゃんの視線を感じる。
私の打ち砕かれた望みはばらばらになって零れ落ち、 辺りを漂っている。
見透かされてしまうから、 目を合わすことが出来ない。
この欲望が露見したら、 本当に何もかもを失ってしまう。
「追いかけねーの?」
面倒くさそうに投げかけられた銀ちゃんの言葉。 きっと髪の毛を掻き毟りながら、 呆れたような顔をしてる。
玄関に立ち竦んだまま耳を傾ける。 指一本動かしたくない気分だった。
だんまりを決め込んだ私に溜息を一つ。
「あー……、 アイツ女に免疫無いだけだから、 そんだけだ。 大丈夫だろ」
近づいてくる声に動揺する。 思いを仕舞い込むには時間が足りない。
来るな、 近寄るな、 頼むから今だけは。
この男は聡いから、 一欠片の破片からすべて読み取ってしまう。
「まー良かったんじゃねーの?
……お前やっと、 本当ようやく、 新八に女扱いされたわけだし? やったじゃん」
反射的に顔を上げてしまった。
目の前にはにやにや顔。 銀ちゃんが人をおちょくる時にする笑い方だ。
どういうことだ。こいつの口ぶりではまるで、 私が新八のこと好きみたいじゃないか。 新八に子ども扱いされるのが不満だったみたいじゃないか。
勘付いていたのか? まさか。 そんなはずはない。
ずっと押し込めてきたんだ。
一滴たりとも漏らさないように、 厳重に。 鍵を閉めて。
呆然とする私に、 不愉快な笑みは更に深くなる。
にやにやにやにやにやにやイラつく。
「どういう意味アルか。 別にあんな眼鏡に女扱いされたくもないネ。」
できるだけ冷たく言い放つ。 瞳に軽蔑の色を浮かべるのも忘れない。
「あァ? 何? 今更誤魔化す気かよ。」
「何を誤魔化さなきゃいけないネ。 誤解招くような言い方すんなヨ。」
「あー、 悪ィ悪ィ、 気付かれてねーと思ってたのか。
っていうかガキの癖にいっちょまえに銀さんに隠し事できてるつもりだった?」
からかうような声音に嘘はない。 私を茶化すためだけに発せられる響き。 それ以外の感情は読み取れない。
頭が混乱する。 気付いていたのなら、 どうして驚きや同情、 不安や反感が見当たらないのだろう。
私は、 新八に恋してるんだぞ?
ばれたらきっと、 今までの関係ではいられなくなる。
この男に恐怖心は無いのか? 私たちの大切な万事屋を、 私がぶっ壊してしまうかもしれないのに。
私の心は脅威なのに。
「いや~、 良かったな神楽ァ。 アイツめちゃくちゃ動揺してたぞ。
脈ありってことじゃね?」
心底楽しそうな厭らしい顔。 恋する乙女に向けるべき表情ではない。
それでも確かに祝福されている気持ちになるなんて、 私はどうかしてるのだろうか。
冷えた身体に温度が戻ってくる。 むしろ熱い。
熱の集まった顔を見られたくなくて、 銀ちゃんの顔面に拳をぶちこんだ。
万事屋を飛び出して新八を探す。
知らぬ間に感づかれていた気持ちを、 銀ちゃんが当たり前に受け入れていた事実が嬉しい。
むかつくけど。
私が抑えこんでいたものは、 誰かに肯定された思いだったのだ。
湧き上がってくる気力はまるで闘魂のように勇ましい。
二年前の体にはなかった武器もある。 対新八用大人の兵器。
神楽様の豊満なセクシーボディにうろたえるだろう新八に、 付け込む言葉を考えているさなか。
なぜか気に喰わない黒服を着た、 それでも見間違えるはずのない黒髪と眼鏡を視界の隅に捉えた。
大人の女らしく淑やかな振る舞いで、 さり気なく腕を組んで胸を押し付けてやろうか。
そして潤んだ瞳でじっと見つめて、 甘ったるい声で名前を囁くのだ。 思いっきり恋慕を込めて。
彼の反応を想像するとどうしようもなく気持ちが浮き立って、 いつものように飛びついた。
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万事屋風味
「新八の手ェ冷た過ぎるアル!」
風呂上り、 髪を乾かしてもらう時うなじに触れた冷たい感触に神楽は首を竦めた。
「あぁ、 ごめんね。 さっきまでお皿洗ってたから……。」
申し訳なさそうに眉を下げて、 神楽の肌に触れないように慎重な手つきになる。
粗方水気の飛んだ髪に満足して、 新八の右手をとる。
訝しげな表情に構わず、その手を自分の両手で覆う。
冷たくて少しがさがさしてる、 優しい手。 自分より少しだけ大きいのが癪だ。 もっと小さかったら隙間無く包み込むことが出来るのに……。
「神楽ちゃんの手はあったかいね。」
神楽の行動の意味を悟ったのか、 新八は柔らかく微笑んだ。
「何々? 新八、 お前そんな手ェ冷えてんの?」
横から割って入ってきた銀時に向けられる神楽のムッとした顔。
怯むことなく銀時は空いている新八の左手をとった。
神楽の手より大きな新八の手より大きな銀時の手。
それにすっぽりと覆われた新八の左手を見て神楽は更に不機嫌な顔になる。
「アンタにもうちょっと甲斐性があったら湯沸かし器買えるんですけどね……。」
ちくりと言われた嫌味を銀時は片眉を上げることで聞き流す。
その軽い仕草にも苛立ちが募った。
「新八ィ! 安心するネ。 お前の手はこの工場長様が直々に温めてやるアル。」
「安心しろ新八ィ。 銀さんがこうやって暖めてやるから問題無ェだろ。」
同時に響く二人の声に、 銀時と神楽は互いを睨み合い、 新八は困ったように笑った。
「マダオのごっつい手なんかより女の子のしっとり柔らかすべすべの手が良いに決まってるネ!」
「小娘のちんちくりんの手なんかより銀さんの包容力溢れる男らしい手のほうが良いよなァ。」
「はいはい、 どっちもあったかいですよ。 二人ともありがとうございます。」
三人の体温を均一にするために、 競うように大切な手を握り締めた。
土→新
市中巡回中の土方は、 日頃は比較的温厚であるはずの眼鏡の少年に、 礼儀正しい彼にしては些か乱暴に呼び止められた。 そして訴えられたのは四六時中志村家に顔を出す近藤に対する文句。
「ちゃんと管理できないんだったらいっそのこと鎖で繋いで檻の中に閉じ込めておいてくださいよっ! 真選組なら牢くらいたくさんあるんでしょ?」
息も荒く、 随分とひどい事を言う。 いつになく本気で怒っているようだった。
顔どころか目まで充血している。 頬には赤い痣。
志村邸で何があったのか、 容易く想像できた。
おそらく近藤のとばっちりを食らってしまったのだろう。
もしかするとそれが原因で姉弟喧嘩でもしたのかもしれない。
眼鏡の怒りはもっともだった。
ちょっと待ってろ、 と紫煙を吐きながら土方が向かった先はコンビニエンスストア。
買い物を済ませ、 往来で待たせている少年の元へ急ぐ。
手に提げるビニール袋には煙草とマヨネーズ、 そして飲み物。
そこから飲み物だけを取り出し、 差し出した。 彼がマヨネーズを好まないことは承知済みだ。
「ほら、 これで頬冷やせ。 そんで取り合えず落ち着け。」
手渡された冷たい感触に、 一瞬怒りを忘れたのか軽く頭を下げられた。
近くの公園に誘い出し、 話を聞く。
―想像通りだった。
姉の近藤に対する壮絶な仕打ちに同情心が沸いたのか、 はたまた家屋の崩壊を案じたのか。
恐る恐る静止の声をかけたところ、 彼女の怒りを買ったらしい。
一通り話して落ち着いたのか、 少年は先程手渡された缶のプルトップに手をかけた。 少し揺らしてしまったのだろう、 噴出した泡に慌てる様子はひどく幼く見える。
とりあえず怒りは収まったとらしいと見極めて、 土方は胸を撫で下ろした。
顔色も平常に戻って、 頬が腫れる心配もなさそうだ。 まだ瞳は充血しているが、 それも直に収まるだろう。
―それより、 早いところ近藤さんを回収した方が良さそうだ。
少年の口から語られた様子では、 かなり痛めつけられているらしい。 そしてその元凶である女は怒り狂っている。
要塞じみた屋敷にこのまま手ぶらで向かうのは危険過ぎた。
かといって、 彼女のためにわざわざ手土産を見繕い、 腰を低くしてご機嫌を伺うというのはプライドが許さない。
―あー面倒くせっ
何もかもが嫌になり、 ぼんやりと紫煙を目線で追う。
少年も、 姉の怒りを静めなければ家には帰れないのだろう。
不安げな瞳を隠そうともせず土方を見つめる。
江戸市中は珍しく平穏。
今日は総悟が非番だった。 彼の破壊活動を案じる必要も無い。
空は晴れ渡っている。 ぷかりと浮かぶ雲に視線を移す。 きっと明日も晴れるだろう。
近藤のことさえなければ、 日頃気苦労の絶えない日常から開放される束の間のひと時。
そして隣には自分と同じく気苦労の絶えないだろう少年。 志村新八。
「……いっそのこと……、」
―このまま二人で逃げてしまおうか。
告げる気のない思いと言葉を飲み込めないまま、 土方は煙草を吸い続けた。
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