坂田と姉上
「ちょっと前までは……」
志村邸の居間で、電源を付けたばかりの冷えた炬燵に足を突っ込みながら、向かいに銀時と同じように炬燵が暖まるのを待っている志村妙に、というよりもまるで自分自身に言い聞かせるようくぐもった声で呟いた。
聞かせるでもなく発せられた声はそれでもまぎれもなく自分に向けられた言葉なのだろうと感じた妙は銀時に耳を傾ける。
「判りやすい奴だと思ってたよ。嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ怒るし、悲しけりゃ泣く。」
妙の目を見るでもなく、声を大きくするでもなく相変わらずもごもごと独り言のように続いた言葉はひどく不明瞭だが、妙の耳にはよく届いた。彼女が最愛の弟に関する話題を聞き逃すはずがないのだ。
それを判っていてこの男はわざとぼそぼそと喋る。
耳を澄ませば自分たちに出す茶を用意するために台所で立ち働く弟の息遣いが聞こえるような気がする。
そんな静寂の中でさえ意識を集中しなければ聞き逃してしまいそうな声で話す男の顔を、いっそのこと殴ってしまいたかった。いくら拒んでも妙の前に顔を出すことを止めない、あの黒い隊服に身を纏った大柄なゴリラのように、原型を留めぬほどに顔面をぼこぼこにしてやりたい。弟がこの男を判別できないほどに。
(……いえ、ゴリラにしては小柄なほうかしら……。)
思い浮かべた近藤の形容を訂正して、観念して向かいに座る男に問いかける。
「あら、新ちゃんは嬉しければ笑うし、腹が立てば怒るし、悲しければ涙を流す、そんな素直な良い子よ。」
何でもないように微笑みながら返答する妙の瞳はそれでも笑っていない。
ちらりと妙の様子を伺った銀時の瞳は澱んでいて、妙はいつの日か弟が語った言葉を思い出す。
(いつもは死んだ魚のような目、なんて言われてますし、実際僕もそう思います。
……でもねェ)
あの後弟は何て言ってたんだっけ……。
記憶を遡ろうとする頭を遮るように、再び銀時が口を開いた。
「確かに、あいつは嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ笑う、悲しけりゃ泣くんだようなぁ……。
でもよぉ……。」
今度はしっかりと妙を見据えて銀時はのたまう。それがやたらに癪に障った。
この男が、弟の何を知っているというのだ。弟が生まれたその日から、一番近くにいたのはこの私だ。
姉であるこの私なのだ。それはこれからもきっと、変わらない。誰にも変えられるはずがない。
それほどまでに私たちは、どうしようもないほど家族なのだ。
こんな降って沸いて出てきたような男に弟のことが判ってたまるか。
続く銀時の言葉を妙は聞きたくなかった。彼の語る弟の姿なんて知りたくなかった。
先刻思い出そうとした弟の、この男を語る姿さえ、記憶から抹消したかった。
「姉上、銀さん、お茶が入りましたよ。」
それまでの静寂を破るような能天気にも聞こえる声に場の空気がたわんだ。
声の主の手には湯気を上げる湯飲みが三つ乗った盆。
「今日は冷えますね~」
台所に立った序に流しにあった食器でも洗ったのだろうか、少年の両手は真っ赤で、炬燵に入るとすぐさまそ布団の中に両手を潜り込ませてかじかんだ手の感覚を取り戻そうと擦り合わせる。
いつの間にか、炬燵は暖まっていた。
「ちょっと前までは……」
志村邸の居間で、電源を付けたばかりの冷えた炬燵に足を突っ込みながら、向かいに銀時と同じように炬燵が暖まるのを待っている志村妙に、というよりもまるで自分自身に言い聞かせるようくぐもった声で呟いた。
聞かせるでもなく発せられた声はそれでもまぎれもなく自分に向けられた言葉なのだろうと感じた妙は銀時に耳を傾ける。
「判りやすい奴だと思ってたよ。嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ怒るし、悲しけりゃ泣く。」
妙の目を見るでもなく、声を大きくするでもなく相変わらずもごもごと独り言のように続いた言葉はひどく不明瞭だが、妙の耳にはよく届いた。彼女が最愛の弟に関する話題を聞き逃すはずがないのだ。
それを判っていてこの男はわざとぼそぼそと喋る。
耳を澄ませば自分たちに出す茶を用意するために台所で立ち働く弟の息遣いが聞こえるような気がする。
そんな静寂の中でさえ意識を集中しなければ聞き逃してしまいそうな声で話す男の顔を、いっそのこと殴ってしまいたかった。いくら拒んでも妙の前に顔を出すことを止めない、あの黒い隊服に身を纏った大柄なゴリラのように、原型を留めぬほどに顔面をぼこぼこにしてやりたい。弟がこの男を判別できないほどに。
(……いえ、ゴリラにしては小柄なほうかしら……。)
思い浮かべた近藤の形容を訂正して、観念して向かいに座る男に問いかける。
「あら、新ちゃんは嬉しければ笑うし、腹が立てば怒るし、悲しければ涙を流す、そんな素直な良い子よ。」
何でもないように微笑みながら返答する妙の瞳はそれでも笑っていない。
ちらりと妙の様子を伺った銀時の瞳は澱んでいて、妙はいつの日か弟が語った言葉を思い出す。
(いつもは死んだ魚のような目、なんて言われてますし、実際僕もそう思います。
……でもねェ)
あの後弟は何て言ってたんだっけ……。
記憶を遡ろうとする頭を遮るように、再び銀時が口を開いた。
「確かに、あいつは嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ笑う、悲しけりゃ泣くんだようなぁ……。
でもよぉ……。」
今度はしっかりと妙を見据えて銀時はのたまう。それがやたらに癪に障った。
この男が、弟の何を知っているというのだ。弟が生まれたその日から、一番近くにいたのはこの私だ。
姉であるこの私なのだ。それはこれからもきっと、変わらない。誰にも変えられるはずがない。
それほどまでに私たちは、どうしようもないほど家族なのだ。
こんな降って沸いて出てきたような男に弟のことが判ってたまるか。
続く銀時の言葉を妙は聞きたくなかった。彼の語る弟の姿なんて知りたくなかった。
先刻思い出そうとした弟の、この男を語る姿さえ、記憶から抹消したかった。
「姉上、銀さん、お茶が入りましたよ。」
それまでの静寂を破るような能天気にも聞こえる声に場の空気がたわんだ。
声の主の手には湯気を上げる湯飲みが三つ乗った盆。
「今日は冷えますね~」
台所に立った序に流しにあった食器でも洗ったのだろうか、少年の両手は真っ赤で、炬燵に入るとすぐさまそ布団の中に両手を潜り込ませてかじかんだ手の感覚を取り戻そうと擦り合わせる。
いつの間にか、炬燵は暖まっていた。
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『とれろ・かもみろ』
の新八サイドです。
お昼過ぎの万事屋は静かだ。
昼食を食べ終えた神楽ちゃんは定春と遊びに行ったし、銀さんはソファで転寝。
遠くから聞こえるかぶき町の喧騒と、銀さんの微かな寝息は音として、というよりも静寂として僕の耳に入る。
万事屋への依頼もなくて、差し当たり金銭面以外での心配事もなくて、ひたすらに穏やかな午後だ。平和だ、と思う。
出来ることならば僕も銀さんの隣で惰眠を貪り、のどかな平穏を満喫したい。
でも僕にはまだやることが残っていた。
食後の後片付け、万事屋の清掃、洗濯物を取り込んで、畳んで……まるで家政夫だ。
銀さんや神楽ちゃんは「雑用係」なんて言うし、自分でも不本意ながらそう感じる。
万事屋の家事は別に僕の仕事というわけではない。強要されているわけでもない。
それでも既に習慣のようになってしまった雑用を終えなければ、何だか腰が落ち着かないのだ。
横になって昼寝をしようとしても、流し台の食器が、部屋の隅の埃が、ベランダの洗濯物が気になって、眠気はいつまで経っても訪れない。
結局僕はいつものように食器を洗い、和室の掃除をする。
居間は銀さんが眠っているから後にしよう。あの安穏とした寝顔が目に入ると掃除に集中できない。
心地よさ気な空気がじわじわ伝わってきて僕の中で蔓延する。するとたまらなく楽しくなってしまってはしゃぎ回りたいような、にやにやしながらずっと銀さんの寝顔を眺めて居たいような浮かれた気分になってしまうから。
つまるところ銀さんの寛いでいる姿を横目に家事をこなすところからが、僕の穏やかな午後なんだろう。
彼の表情は、直接、僕の心に働きかける。
「ごろごろしてないで働け天パ。」
少し悔しくなって、聞こえはしないだろうけどつい悪態をついてしまった。
きっとこの人は無理矢理たたき起こされて家事の手伝いを所望されたら、ぶつぶつ文句を零しながらもなんだかんだで手伝ってくれる。
僕が洗った食器の水気を拭って食器棚に戻してくれるだろうし、手が届かない箪笥の上の埃も掃ってくれるだろう。取り込んだ洗濯物を一緒に畳んでくれるかもしれない。
三日に一回くらいは。
「あ、すんません。綿埃かと思ったら銀さんの髪の毛でした。白くてふわふわしてるから間違えちゃいました。」
「人のコンプレックス抉んのがそんなに楽しいかこのやろー。お前だってどうせ何十年もしたら全部真っ白になるか抜け落ちるかどっちかなんだよ。」
「僕たち年とらないらしいですよ。銀さんの髪はずっとふわふわのままですよ、良かったですね。」
「……例え年をとっても俺の頑固な毛根は死に絶えねー。」
他愛ないやり取りのテンポのまま、一人でするよりも幾分早く一日の家事を終える。
でも掃除機のプラグを掃除機本体に収納するボタンを押すのは僕の仕事だ。
きゅるきゅると掃除機本体に吸い込まれていくプラグを二人で眺めるのは、きっと楽しい。
それでも僕は目覚める気配のない銀さんにほっとしながら、彼の午睡を守るためにそっと毛布をかけた。
まだ起きてもらっては困るのだ。もう少しだけ深く、眠っていて欲しい。
あからさまに気を遣うのは恥ずかしいから、あくまでさりげなく、足音を忍ばせる。
漏れる鼻歌もできるだけ音量を抑えた。これがなかなか難しい。
粗方の家事が終わるとやっと僕は銀さんを起こしにかかる。この頃には彼の眠りは熟睡に片足をかけた中途半端な、でも一番心地よい塩梅になっているだろう。その時間を一瞬だけ邪魔してしまうことに微塵も罪悪感は湧かない。
だって僕はこの瞬間のためだけに黙々と家事をこなしているのだから。
「もぉ!だらだらしてないでちょっとは手伝ってくださいよっ!」
大声で文句を並べ立てても銀さんの意識はまだ朦朧としたまま。
今日もタイミングはばっちりだった。
「あんたの家なのにいつも僕が片付けてるじゃないですか。」
心地よい眠りの余韻に浸っているのだろう。
この世の甘味をすべて食べつくしたような表情を浮かべた銀さんが、僕に手を伸ばしてくる。
彼のこんな顔はこの瞬間しか見ることができない。本当に幸せそうな顔をするのだ、この人は。
僕はお通ちゃんのライブに出かける時だって、こんな表情作り出せない。
自分がこの人にとって一番上等な存在になれたような錯覚を起こす。
銀さんの満ち足りた表情を築いた原因の一端を僕が担えているとしたら……。
―すごく、嬉しい。
一度おぼろげに覚醒した銀さんは、再び睡魔に捕らわれる前に両腕にぎゅっと力を込めて僕を拘束する。
目の前にある銀さんの胸に顔を埋めて、肺一杯に空気を吸い込むとやけに甘ったるい匂いがして、包まれた瞬間に眠気が兆してくるのを感じた。
僕は忙しい。今日の夕食の当番は神楽ちゃんだけど、大部分は僕が手伝うことになるんだろうし、確か冷蔵庫は殆ど空っぽだったから買出しに行かなければならない。
だから目が覚めたら、今度こそ銀さんに手伝いを頼むのだ。
スーパーまで原付きを出してもらって、一緒に食材を吟味する。買い物籠にいつの間にか潜んでるお菓子はどうしようか。財布にはどれくらいお金が入ってたっけ……。今月は水道代払わなきゃいけないから節約しときたいな。夕食の献立は何にしよう。商店街の道すがらにある梅の木はもう満開かなぁ……。
四散していく思考を纏めるのを諦めて、僕らは短い午睡を堪能した。
この歌が頭から離れない。
「もぉ!だらだらしてないでちょっとは手伝ってくださいよっ!」
右手に箒を持ち、左手は腰にあてて新八が怒ったような声で不満を浴びせてきた。どうやら掃除が終わったようだ。
「あんたの家なのにいつも僕が片付けてるじゃないですか。」
新八はぶつぶつと小言を漏らす。そのタイミングはいつもずれている。
毎度、粗方の家事が済んでから文句を言うのだ。
掃除を始める前、もしくは掃除中に手伝えと言われたら俺は新八が掃除機をかけやすいように炬燵をどかしたり、テレビ裏の絡まったコンセントを解いて纏めたり、箪笥の上の埃を掃ったりするはずだ。
面倒くさくて毎日は無理だろうけど。
「高いところ無理して手ぇ伸ばすなー。どうせ届かないだろ、高身長ナイスガイ銀さんにまかせときなさいそういう所は。」
「いい気になってられんのも今のうちですよ、銀さん。僕だってあと二・三年も経てばあんたなんかすぐ追い越しちゃいますからね。」
「残念でしたー。俺たち年なんてとらねーだろ。お前はずっと新八のまんまなんですー。」
「……例え年をとっても新八のまんまなんスけど。」
それでもあいつとくだらない掛け合いをしながら部屋を片付けるのはきっと楽しい。
だから俺は、新八が家事をしている間ずっとあいつの目に留まるように狸寝入りを決め込んでいる。
すると新八はちらりと俺を一瞥して、小声で「ごろごろしてないで働け天パ」と漏らす。一度だけしか言わない。
もう少し大声で呼びかけてくれないだろうか。小声でも、何度か繰り返して言ってくれないだろうか。
そうじゃないと俺は今まで寝たふりをしていたことが露見するのがなんだか気恥ずかしくて、素直に起き上がることが出来ない。
起き出すための新八の次の言葉を待っていると、「……まったく、しょうがないなぁ。」なんてやっぱりしのび声で言いながら横になっている俺のためにふわりと毛布をかけてくれるのだ。
目は瞑っているからその姿を見ることは出来ないが、柔らかに微笑んでいるんだろう。その表情が見たくて薄目を開けようとして、やっぱり断念する。
がたごとと控えめに聞こえる物音と更に控えめに聞こえる下手糞な旋律を追いかけて、閉じた瞼の奥で今新八が何をしているか、どこにいるのか想像しながら貪る狸寝入りは心地良すぎるからだ。
時折感じる視線はやけに暖かい気がして、もっとずっと俺のこと見ててくれないかなとか無茶な願いを真剣に祈る。
叶える為の画策は未だ思いつかない。
それに、新八も本心では俺が目覚めることを望んでいない。
どんなに俺が寝汚なくても、あいつが本気で俺を起こしにかかったら三秒で飛び起きる自信がある。容赦をなくした新八の恐ろしさは志村家の血筋なのだろう。彼の姉である妙の、菩薩のような笑顔が頭を過ぎった。
小声で、一度しか言わない小言。
微かな物音は極力抑えられたもので、俺が眠り込んでいるのを邪魔しないように気遣っているようだ。ここで起きたら男じゃない。
空寝がとろりとしたまどろみに変わり、やがて熟睡に移行する瞬間を見計らったように新八はやっと大声で文句を並べ立て始める。瞼を開くと大抵は目の前で、使い終わった掃除用具か既に畳まれた洗濯物を手に持った新八が居て咎めるような態を装っている。眼鏡のレンズ越しの瞳は穏やかで、本当は怒っていないのがバレバレだ。
朦朧とした意識のまま俺は至高の寝具を手に入れたような気持ちになって新八に手を伸ばした。
新八は忙しい。この後夕食の支度をしなければならないし、そのためには買出しにも行く必要があるだろう。
それでも大人しく俺の腕に収まるこいつはきっとこの瞬間のために黙々と家事をこなしているんだろうな、なんて思い上がってもいいんだろうか。
加速する睡魔に身を委ねながら、新八を俺の中に沁みこませるように両腕に力を込めた。
新八サイド 『とれろ・かもみろ新八編』
遠くから聞こえる子供の歓声に銀時は目を覚ました。
枕もとの目覚まし時計で時間を確認する。
―7時半。起床には早い時間だ。
毛布を顔の下半分が隠れるまで引き上げて身震いをする。今日はやけに寒い。
息を吐き出すと、隙間から白い気体となって空気中に溶けていった。
隣に並んだ布団に視線を向けるとそこは既にもぬけの殻。几帳面な少年にしては珍しく、畳まれていなかった。敷布団の上に掛け布団が、起き出した時のままの妙な形に盛り上がっている。
新八はもう起き出しているらしい。この寒い中ご苦労なことだ。
昨夜降り出した雪が積もるでもしたのか、窓から漏れる朝日がいつもより眩しく感じた。
外の様子を確認しようと思ったが、布団から這い出る気力は湧かない。空気を吸うだけで鼻の頭が痺れるほど、部屋の中は冷え切っている。
銀時を眠りから覚ました歓声に耳を傾ける。
近所の子供たちだろうか。
―朝っぱらから騒がしい、近所迷惑考えろ。
悪態を吐くのは自分の性分のようなもので反射的に舌打ちが零れたが、胸中に不思議と不快感はない。
寧ろ、響く高い声はしっくりと耳に馴染み、穏やかに寝起きのぼんやりとした頭に木霊した。
注意深く耳を澄ませて、会話の切れ端から外の様子を探る。
「あ~冷たっ!見てよこれ手が真っ赤!!」
「カキ氷作れるネ!シロップ残ってたカ?」
やはり外は雪が積もっていたらしい。
積もったとはいってもここは大江戸。北国ではないのだ。精々二・三センチ程度のものだろう。それでも充分珍しいことだが、雪遊びには物足りない量。
そんなものでこれだけ浮かれ騒げるのだから、子供というのはお手軽だ。
「食べちゃダメだよ!真っ白に見えても意外と汚いものなんだから」
「解ってるヨ。私はそこまで意地汚い女じゃないネ!定春、めっ!食べちゃだめアルよ~!」
……どうやら、表で騒いでいるのは新八と神楽、定春らしい。煩いはずのガキの声が不愉快に感じない理由を悟った。道理で耳に馴染むはずだ。自分は四六時中あの声に囲まれて過ごしているのだから。
この寒い中、よくもまぁあんなにはしゃげるものだ。普段は子供扱いしたら不満げな顔をするくせに、しっかりと子供を満喫している二人の様子に無意識ににやついた。
実年齢より大分大人びた態度の二人。
時折見せるようになった年相応の無邪気な表情はたまらなく銀時を幸福にする。
滅多に他人に甘えない、甘えることの出来なかった彼らが心底安らいだような笑顔を見せると、どうかすると泣きそうにさえなるのだ。
新八が眠っていた空っぽの布団を眺める。
飛び起きて、窓の外を真っ先に見極める。
布団を畳む時間すら惜しんで押入れに眠る神楽を起こす。
寝ぼけ眼の神楽を玄関に立たせて、勢いよく扉を開ける。
真っ白に染まった町並みを、どうだと言わんばかりの得意気な顔で見せ付けるために。
目の前に急に広がった真っ白な世界に、瞬時に眠気の吹き飛んだ神楽は新八の手を引いて、定春を連れて外に飛び出す。
そこまで想像して銀時は、胸騒ぎを覚えた。
布団を畳む余裕すらなかった新八。
寝起きの神楽。
一夜にして姿を変えた町並みに寒さを忘れて浮かれる子供たち。
じりじりと湧き上がる焦燥に耐えかねて銀時は跳ね起きた。
瞬間、皮膚にまとわりつく冷たい空気に躊躇うことなく掛け布団の上にある半纏を羽織り、そのまま玄関へ向かう。
冷気が板敷きの床から足の裏を伝い全身に広がる。吸い込んだ空気が体を内側から冷やす。
今日は馬鹿みたいに寒い。外は、もっと冷えるはずだ。
予感的中。心配通りだった。
玄関から見下ろす「スナックお登勢」前の道路。子供たちは寝起きのいでたちに半纏をまとっただけの姿でひたむきに雪遊びに興じている。
手袋をしない裸の手は指先が見事に真っ赤だ。既に感覚は麻痺しているのだろう。
水仕事をしていると冷えて手が荒れることに文句を言い、湯沸かし器をねだったのは新八だ。自ら冷やしてるのはおめーじゃねーか。
溜息を吐く間もなく銀時は掠れた声を張り上げた。
「てめーら、何っちゅー格好で表出てんだっっ!!!」
響き渡る銀時の声にびくりと体を震わせて、二人と一匹は同時に銀時を見上げた。
そしてぱっと瞳を輝かせる。
「銀さぁ~ん!見てくださいっ!すごい積もりましたよっ雪!雪ですっ!!」
「銀ちゃん!見てよコレ真っ白アル!!ふわふわ!!」
「わん!!」
銀時の登場に先刻よりも浮かれた声が上がった。
定春の前には巨大な、でこぼこの雪玉。恐らく鼻先で転がして嵩を増したのだろう。
神楽の手には泥だらけの雪の塊。地面の雪を手当たり次第かき集めたようだ。
新八の前には不恰好な雪だるま。定春の作った雪玉を土台にして、神楽の作った雪の塊を頭にしたものだ。でこぼこだが泥は見当たらない。外側の泥を隠すように、比較的汚れのない雪で不器用に形を整えたのだろう。
彼らの傍らに止まっている原付きに視線を移す。シートに積もっていたはずの雪は丁度半分、取り払われていた。布団を畳むのは忘れても、少年の几帳面さは失われていなかったようだ。きれいに積もった形を出来るだけ損なわないように、シートに対して垂直に取り払われた雪。
撫でるように整形されたつるつるの表面。それでも全体のでこぼこを被い尽くすことは出来ていない。
二人と一匹の力作、歪な雪だるま。
こいつらは俺が居ないと雪だるま一つまともに作れないのか。
銀時が積もった雪に心を弾ませて共にはしゃぎ回ることを信じて疑わない三対の瞳。きらきらとこもる期待は眩しすぎる。
その視線から逃れるように銀時は俯いて、ここでようやく外気にぶるりと身を震わせた。
あの眼差しに晒されたら自分はどうしようもなく居たたまれない、くすぐったいようなむず痒い気持ちになってしまう。肺の辺りからじわじわと暖かな液体が湧き出るような感覚に見舞われる。
今すぐ階段を駆け下りて、はしゃぐ子供たちを抱き上げて頬ずりして腕の中に閉じ込めてしまいたい。
冷え切っているであろう子供たちの体に自分の体温を分けてやるのだ。
―かわいい愛しい嬉しい幸せだ!
きゅうと胸を満たす感情を抑えこんで銀時は喉を振り絞った。
「そんな格好で外に出たら風邪引くぞコノヤロー!」
緩みそうになる口元を引き締めて出来るだけ怒ったような声を出す。
何を怒られているのか解らない、という思いそのままにきょとんと目を丸くして、揃って首を傾ける二人と一匹にますます愛しさが募ってしまった。
この様子では何を言っても無駄だろう。寒さのせいか騒いだせいか、頬を上気させた子供たちの興奮を鎮めるのは不可能だ。
何より、ひたすら楽しそうな笑顔に水を差したくはなかった。
彼らのくるくると喜びはしゃぎ回る姿は、自分には勿体ないほどの幸福を運んでくれるのだ。
子供たちに盛大な溜息を見せ付けて、銀時は室内に戻っていった。
和室まで駆け足で引き返し、敷きっぱなしの布団を跨いで衣類の仕舞われている箪笥をひっくり返す。
後で新八がぷりぷりと怒りながら片付けるだろう。
確かここにあったような……
ごぞごぞと整頓されていた衣類を掻き分ける。
目当ての物を探し当てた。
急ぎ再び玄関へ向かう。
「おらぁ!ガキども!!風邪引くなよ!!」
マフラーに毛糸の帽子、耳あて。手袋は見当たらなかったから代わりの軍手を子供たちに投げつけた。
「あっ!ありがとうございます銀さんっ!」
「銀ちゃんにしては気が利くネ!」
「わん!」
上がる喝采を背にまた室内に戻る。
今度は浴室へ向かい風呂を沸かす。いつ冷え切って凍えた体が戻ってきてもすぐに暖めてやることができるように、熱めに沸かす。
台所へ向かい、コンロに火をつけた。朝炊き上がるようにタイマーがセットされていたのだろう炊飯器は保温状態のまま放置されている。蓋を開けてしゃもじでかき混ぜる。
まったく、今日の朝飯の当番は神楽じゃねーか。何で俺が……。
緩む口元でぶつぶつと文句を言いながら、炊き立ての白米の匂いを乗せた蒸気を顔面で受け止めた。
手早く食べられて、それでも体はしっかり温まるように、雑炊の下ごしらえを整えたところで銀時は己もマフラーを首に巻きつけ手に軍手をはめて、外に飛び出した。
―俺は大人として、子供たちに正しい雪だるまの作り方をレクチャーしなければならない。
「朝っぱらからやかましいんだよガキどもがぁっ!!!」
ほかほか湯気をたてた四つの肉まんを手に、階下の住人の怒声がかぶき町に響き渡ったのは三十分後のことだった。
近所の子供たちが僅かな雪で小さなかまくらを作り上げていたのに感動しました。
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