銀新出会う前
鮮やかな黒と擦れ違った、 と思った瞬間には人ごみに埋もれて見失ってしまった。
―おかしいな、 あんなに人目を惹く色なのに……。
確かに派手さは無かった。 寧ろ慎ましげな印象。 自然な黒髪。 短髪。
しかし好みに煩い自分が一瞬で視線を奪われた。 目立たないはずがない。
それなのに見つからない。 姿が消えたわけではなく、 風景に溶け込んでしまった。
一瞬だけ目に触れた黒を脳裡でイメージする。
ぼんやりとした輪郭。 意識に焼き付けるには足りな過ぎた刹那。
それでも、 鮮やかな黒。
立ち止まり、 顔を上げて辺りを見回す。 見当たらない。
行き交う灰色の人間たちの怪訝そうな視線が突き刺さる。
―引き返そうか。
俺はどうしてもあいつを捕まえておかなければならないのだ、 という気がする。
しかし生来の怠惰な性格が邪魔をした。
―運が良けりゃまた会えるか。
諦めて、 歩みを進めた。
あいつは俺の隣に居るべきなんだ。
俺の放縦に跳ね回る銀髪。 それより少し低い位置にあの黒が並ぶ。
これ程しっくりするものはない。
なのにどうしてあいつは、 立ち止まりもせず、 振り返りもせず、 通り過ぎて行ったんだ。 どうして、 俺のことを見向きもしなかった。
苛立ちにも似た喪失感に無理矢理蓋をする。
―俺は、 引き返すべきだったんだ。
引き返して、 追いかけて、 見つけて、 何としてでも繋ぎとめておくべきだった。
後悔したのは酔いつぶれながらも陰気な住処に辿り着いた頃。 アルコールで紛らわせたつもりになっていた感情と、 ふと向かい合ってしまった瞬間。
決して広くはないくすんだ室内に、 あいつが足りないことを悟ってしまった。
誤って肺に重量のある気体を送り込んでしまったような体。
毛細血管にラドンが詰まる。 きっと、 息苦しい。
その鮮やかな黒と再開したのは数日後。 一週間ぶりのパフェと向かい合った時のことだったが、 まさかこの地味な少年があの時自分が追わずに悔やんだ鮮やかな黒だと気付くことはなかった。
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「新八ィ、 膝枕ァ。」
「……今はダメです。」
「あァ? 何ケチくせーこと言ってんだ。 オラ、 社長命令だ。 膝貸せ。」
「あっ! ちょっ……、 もォ、 止めてくださいよ。 嫌ですってば!」
拒絶の言葉に耳を貸さず、 銀時は新八の膝に頭を乗せた。 眼前にある腹に顔を埋める。
日頃鍛錬を欠かさないのだろう、 新八の腹部は綺麗に引き締まっている。 それでも子供特有の肌の柔らかさ、 体温は着物の上からでも伝わってきた。
そのままの体制で拘束するように腰に手を回し、 胴体の細さを再確認。
鼻から肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
新八の体臭。
この妙に安らぐ匂いの素が酸素と共に赤血球に乗って、 体中を駆け巡ればいい。 俺のヘモグロビンはきっとこいつを受け入れる。
髪の毛の一本一本、 足の爪先に至るまで充足感が染み渡る。 じわりじわり、 融けだしそうだ。
―くぅー、 きゅるるるぅ……
「…………悪ィ、 腹減ってた?」
「だから嫌だって言ったのにっ!」
空腹を告げる腹の音ごと味わおうと、 更に深く息を吸った。
山崎と新八
「っぶゅ……っ! む……、 な、 何ですか山崎さんんっこれっ!」
差し入れに、 と手渡した缶飲料に口をつけた途端に噴出された。
気管に入ってしまったのだろうか、 咽ながらも新八君が言い放った台詞に困惑する。
「え……? 何って、 ……普通のコーラだけど……?」
「こーら? ……へェ、 これが……。
何か、 口の中ちくちくするんですけど……。」
口元を袖で拭いながら、 新八君は物珍しげに缶を眺めている。
「……新八君もしかして炭酸苦手だった?」
「苦手っていうか……、 初めて飲みました。」
まだ違和感が取れないのか、 むぐむぐ動く口元。 やけに老いぼれて見える。
―確かに普段ジュースとか飲む印象無かったけど。 いつもお茶ばっか飲んでる印象だけど……。
今度は慎重に缶に口を寄せて、 ちびりちびりと飲む。
初めて味わう刺激に慣れないのだろう、 戸惑った表情で。
―その年までコーラもサイダーもふぁんたもまうんてんでゅーも飲んだことないなんて……。
そんな年寄りじみたところも可愛いんだよなァ、 なんて思いつつも、 彼のこれまでの食生活に同情を禁じ得なかった。
万事屋風味
「新八の手ェ冷た過ぎるアル!」
風呂上り、 髪を乾かしてもらう時うなじに触れた冷たい感触に神楽は首を竦めた。
「あぁ、 ごめんね。 さっきまでお皿洗ってたから……。」
申し訳なさそうに眉を下げて、 神楽の肌に触れないように慎重な手つきになる。
粗方水気の飛んだ髪に満足して、 新八の右手をとる。
訝しげな表情に構わず、その手を自分の両手で覆う。
冷たくて少しがさがさしてる、 優しい手。 自分より少しだけ大きいのが癪だ。 もっと小さかったら隙間無く包み込むことが出来るのに……。
「神楽ちゃんの手はあったかいね。」
神楽の行動の意味を悟ったのか、 新八は柔らかく微笑んだ。
「何々? 新八、 お前そんな手ェ冷えてんの?」
横から割って入ってきた銀時に向けられる神楽のムッとした顔。
怯むことなく銀時は空いている新八の左手をとった。
神楽の手より大きな新八の手より大きな銀時の手。
それにすっぽりと覆われた新八の左手を見て神楽は更に不機嫌な顔になる。
「アンタにもうちょっと甲斐性があったら湯沸かし器買えるんですけどね……。」
ちくりと言われた嫌味を銀時は片眉を上げることで聞き流す。
その軽い仕草にも苛立ちが募った。
「新八ィ! 安心するネ。 お前の手はこの工場長様が直々に温めてやるアル。」
「安心しろ新八ィ。 銀さんがこうやって暖めてやるから問題無ェだろ。」
同時に響く二人の声に、 銀時と神楽は互いを睨み合い、 新八は困ったように笑った。
「マダオのごっつい手なんかより女の子のしっとり柔らかすべすべの手が良いに決まってるネ!」
「小娘のちんちくりんの手なんかより銀さんの包容力溢れる男らしい手のほうが良いよなァ。」
「はいはい、 どっちもあったかいですよ。 二人ともありがとうございます。」
三人の体温を均一にするために、 競うように大切な手を握り締めた。
朝の洗顔中、 指が違和感を拾った。
眼鏡をかけて正面の鏡を覗き込む。
代わり映えの無い地味な容貌の中に、 常には無い小さな粒が額に一つ。
「……吹き出物、……いや、 僕の年代だとにきびって言うんだろうなぁ。」
額にかかる前髪をかき上げて、 しみじみ観察する。
痛みも痒みも無いが、 微かに赤味を帯びている。
そっと指で触れてみる。 小さく盛り上がった表面は、 意外と滑らかだった。
軽く押すと、 不快なほどではない鈍い痛み。 小さな痛みが寧ろ快い。
冷えた指先がじんわり温まる。 少し熱を発しているのだろうか。
目立つ程の大きさはないが、 それでも静かに存在を主張していた。
これが神楽の顔面に出来ていたのなら、 血相を変えて食事管理から始まり日中の生活態度、 生活習慣を改めようと奮起したのだろう。 疎まれるほどに。
「女の子の肌は凹凸一つないすべすべでなければならないのだ、 お通ちゃんのように。」
というのは新八の持論である。
しかし彼は男である自分の顔面にはかなりの無関心さを持ち合わせていた。
―元から損なわれるほどの美観など持ち合わせていないし……
「ま、 いーや。 おろないんでも塗っとこ。」
近づきすぎた鏡から離れて前髪を下ろす。
―そういえば最近、 寝不足が続いてたもんな……。
ここ数日の生活習慣を省みて溜息をついた。
万事屋での夕食を終えると、 後片付け。 新八の目を盗んで冷蔵庫からいちご牛乳を取り出す銀時。 その動きを視線だけで静止させながら、 皿を洗う。
それが終わると神楽に風呂へ入るよう促す。
テレビで翌日の天気予報を観ながら万事屋の経理…… というより家計簿をつける。 天気次第で明日の洗濯の予定が決まるのだ。 その隙に冷蔵庫へ向かう銀時を目線で凍りつかせることも忘れない。
神楽が風呂から上がると赤鉛筆を置き、 水気を大いに含んだ髪の毛をドライヤーで乾かしてやる。
銀時は 「それくらい自分でやらせろ」 と不満げな顔をするのだが、 彼女が猫のように目を細めてあまりに嬉しげに笑みをこぼすものだから、 つい手をだしてしまう。
いちご牛乳を諦めたのか銀時は、 茶を所望する。 神楽の頭から手が離せない新八は、 ドライヤーの音に掻き消されて聞こえなかったふり。
神楽の髪が乾いたら、 今度は歯を磨くように言い聞かせ、 銀時を風呂場へ放り込む。
深夜番組が観たいと駄々をこねる神楽をなだめ、 押入れの入り口まで連れて行く。
「おやすみなさい、 神楽ちゃん。」
渋々、 「おやすみヨ~、 新八、 銀ちゃん。」と返す姿を風呂上りの銀時と二人で見届ける。
そして今度は銀時の髪を乾かす。 「神楽の髪はやってやるのに、 俺の髪は嫌だってんのかよ」 と拗ねられる前に。
それからようやく、 なぜか後ろからついてくる銀時を黙殺しながら、 一日の疲れを癒すために風呂へ向かう。 風呂場の出入り口では、 銀時がドライヤーを構えてじっと佇んでいる。 擦りガラス越しの会話。
寝る前に和室に二人分の布団を敷き、 自分の寝床に潜り込む。 豆電球はつけたまま。
目を瞑っても、 隣に眠る人物の視線が突き刺さる。 彼の息遣いをすぐ耳元で感じたと思った時には、 布団に手をかけられている。 そっと侵入してきた大きな手を拒むことはしない。
―それから、 それから……
あれ? 僕いつ自宅に帰ってるんだろ……。
思考を無理矢理遮断するように、 新八は首を乱暴に振った。
「あれ~? 朝から鏡とにらめっこして溜息吐くなんて、 ど~したの~?」
廊下に繋がる洗面所の入り口から、 銀時が声をかけてきた。
「何々?顔赤らめちゃって……、 新ちゃんったらエッチ~。 昨夜のことでも思い出してた?」
からかうような響きに、 半分図星ながらも強く否定の言葉を入れる。
「……何だよ、 朝っぱらから不機嫌なやつめ。……ってあれ? お前、 おでこに……」
新八の異変に気付いたのだろうか。 眼鏡を奪われ、 額に顔を近づけられた。
普段は死んだ魚のようだと称され、 実際に何も映していないのではと感じられる時もある銀時の瞳。 しかし新八のこととなると、 どんな些細な変化でも見逃さない。
それが少し……、 かなり嬉しかったりする。
顎に手をかけられて上を向かされる。 そのまま顔を固定されて動けない。
近づく銀時の顔に心臓が逸るが、 抑える術を知らなかった。
仕方なく、 硬く瞼を下ろす。
やがて、 銀時が口を開いた。
「……お前、 それ……、」
いつになく深刻な声だ。 新八を睡眠不足にしてきた責任を感じているのだろうか。
―気にする必要なんてないのに。 アンタを拒まなかったのは紛れもなく、 僕自身なんだから。
銀時の様子が気になって、 そっと薄目を開けた。
新八の額に釘付けとなった瞳は爛々と輝き、 血走っている。 声は真剣でも、 だらしなく口角が上がっていた。
―あれ? この表情何か想像と違う……。
「沈痛な面持ち」 を予想していた新八は薄く開いていた瞼を見開いた。
「……お前、 これ……、
………… おでこに乳首できてる! か~わい~い!」
感極まった声で言い放つと、 寝起きの、 歯さえ磨いていない口で新八の額に吸い付いた。
額に生ぬるい舌の感触。 どうやら舐めまわされているようだ。 生臭い息が鼻先を掠める不快感。 頬に無精髭がちくりと刺さる。
押さえつけられていた力が弱まった瞬間、 手を振りほどいて出来る限り距離をとった。
銀時の、 つやつやと張りと弾力を持った肌を見ると無性に腹が立つ。
感情の趣くまま彼の顔面に蹴りを入れた。 仰向けに倒れた身体を踏みつけて玄関に向かう。
「ちょ……、 お前こんな朝っぱらからどこ行くの!?」
背中に慌てたような声がかけられた。
「薬局行ってきますっ! 駅前のとこはこの時間もう開いてるんでっ!」
怒りと羞恥に顔全体を染めた新八は珍しく荒っぽい歩みで万事屋を後にした。
決して豊かではない万事屋の経理を預かる身としては、 余計な出費は避けたいところ。
しかしたかが吹き出物のためだけに、 ビタミン剤を買おうと決心した新八の足は急くばかりだった。
―寝不足になろうが肌が荒れようが変態だろうが、 あの人と夜を過ごすのはやめられない。
まだ乾いていない、 額についた銀時の唾液が風をうけてひやりとした。
その感触を最大限に味わうために、 新八は早朝のかぶき町を駆け出した。
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