布団からはみ出した肩が冷たくて、 新八は目を覚ました。
明け方の薄明かり、 まだ起きるには早い時間だ。
暖を求めてすぐ傍らに眠る温源に擦り寄る。
新八は特に寒さに強いわけではないが、 横に眠るこの上司兼恋人は異様に寒さに弱い。
そしてこの糖尿病予備軍上司、 弱いのは寒さだけではない。
春は 「春眠暁を覚えず、 起きられないから新八君、 一緒に寝て」 などと言い新八の布団に潜り込んでくるし、 夏は怖がりの癖に強がってテレビのホラー番組を観ては、 いざ眠る時間となると震えながら、 やはり新八の布団に潜り込んでくる。 秋は 「人恋しい」 などと言い当たり前のように新八の布団に潜り込んでくる。
要するに年中寝床を共にしていた。
「僕が来るまではこの人どうやって眠っていたんだろ……。」
呟いてぬくもりに包まれた。
「新八、 今日泊まってけよ」
夕食に使った食器を洗っていると、 後ろから突然声をかけられた。
「またですか、 銀さん。」
新八は後ろを振り返ることなく皿を洗い続ける。
十一月に入り、 日が暮れるのが驚くほど早くなった。
ついこの間までは万事屋での仕事を終え、 帰路につく時間はまだ夕焼けの名残があったはずなのに、今では神楽ちゃんが遊びから帰ってくる頃には既に真っ暗である。
そして、 当たり前だが夜道は冷たくなってきた。
だから正直、 帰る間際に引き止められるのはありがたかった。
徒歩で誰も居ない屋敷に帰るには、 これからの季節は暗く、寒すぎる。
しかし、 ここ最近毎日のように泊まっていくよう声をかけられては、 これ幸いにとその誘いにのっている。
もう一週間程家に帰っていないのではないだろうか。
「泊まりたいのは山々ですが、そろそろ家にも帰らないと……」
「何だ? どうせ姉ちゃん仕事だろ? お前家に一人じゃねェか。 だったら泊まってけよ。 帰り寒いだろ」
「そんなこと言っても、 これから日に日に寒くなるんですよ。 これくらいの寒さで家に帰れないんだったらもう春が来るまで僕家に帰れないじゃないですか。」
そうだ、 これから冬が来るのだ。
日が暮れるのは更に早まり、 冷え込みは身に沁みるようになるだろう。
今から 「寒いから帰りたくない」 なんてどうかしている。
「いーんじゃね? そうしろよ」
間の抜けた声で一言、 銀時は呟きそのまま居間へ向かっていった。
「何いってんだ、 あの人……」
「いーんじゃね?」 ってバカかよ。 何で寒いからって万事屋で越冬するんだよ。 どうせ僕がこれ以上万事屋に滞在し続ければ姉上が怒ってここに乗り込んでくるだけだろ……。
「本っ当バカ。」
火照った体に蛇口から流れる水が心地よかった。
―確かにそれも良いな
そんなことを思ってしまった自分に喝を入れるため、 新八は帰り支度を急いだ。
夕食に使った食器を洗っていると、 後ろから突然声をかけられた。
「またですか、 銀さん。」
新八は後ろを振り返ることなく皿を洗い続ける。
十一月に入り、 日が暮れるのが驚くほど早くなった。
ついこの間までは万事屋での仕事を終え、 帰路につく時間はまだ夕焼けの名残があったはずなのに、今では神楽ちゃんが遊びから帰ってくる頃には既に真っ暗である。
そして、 当たり前だが夜道は冷たくなってきた。
だから正直、 帰る間際に引き止められるのはありがたかった。
徒歩で誰も居ない屋敷に帰るには、 これからの季節は暗く、寒すぎる。
しかし、 ここ最近毎日のように泊まっていくよう声をかけられては、 これ幸いにとその誘いにのっている。
もう一週間程家に帰っていないのではないだろうか。
「泊まりたいのは山々ですが、そろそろ家にも帰らないと……」
「何だ? どうせ姉ちゃん仕事だろ? お前家に一人じゃねェか。 だったら泊まってけよ。 帰り寒いだろ」
「そんなこと言っても、 これから日に日に寒くなるんですよ。 これくらいの寒さで家に帰れないんだったらもう春が来るまで僕家に帰れないじゃないですか。」
そうだ、 これから冬が来るのだ。
日が暮れるのは更に早まり、 冷え込みは身に沁みるようになるだろう。
今から 「寒いから帰りたくない」 なんてどうかしている。
「いーんじゃね? そうしろよ」
間の抜けた声で一言、 銀時は呟きそのまま居間へ向かっていった。
「何いってんだ、 あの人……」
「いーんじゃね?」 ってバカかよ。 何で寒いからって万事屋で越冬するんだよ。 どうせ僕がこれ以上万事屋に滞在し続ければ姉上が怒ってここに乗り込んでくるだけだろ……。
「本っ当バカ。」
火照った体に蛇口から流れる水が心地よかった。
―確かにそれも良いな
そんなことを思ってしまった自分に喝を入れるため、 新八は帰り支度を急いだ。
「銀さん、 寒いです。」
ただ一言、 呟いて新八が万事屋のソファにだらしなく腰掛ける銀時の膝の間に潜り込んだのは一昨日のことだった。
確かにその日は寒かった。
前日までは例年にないほど残暑厳しく、 おそらくこの日も一日蒸し暑い気候になるのだろう、 新八が朝の出勤前に考え、 いつもの武道袴で家を出たのも当然のことだった。
しかし予想に違いその日の気温は上昇することもなく、 ようやく例年通りとみられる気温にまで下がってしまったのだ。
いつもの夏の服装をしていた新八はたまったものではない。 まるで真夏の盛りに定春が少しでも涼しい場所を求めてタイル敷きの風呂場の床に寝そべるように、 新八は銀時の足の間に収まった。
銀時としてもその日の急激な冷え込みに足を擦り合わせていたところだった。
手元に舞い込んできた暖かな子供体温は突き放すには心地よすぎた。
それが、 一昨日。
そして今日、 一度は秋を通り越し一気に冬めいてきたなと感じていた二日前とは打って変わって、 寒くもなく、 だからといって暑くもなく、 何とも過ごしやすい例年通りの 「秋」 がやってきた。
「銀さん、 寒いです。」
この日の新八の服装は寒さに備えて厚手の布地でできた、 やはり武道袴である。
銀時の服装も、 年中同じように見えるがそれでもいつもの黒いシャツの下には余分に一枚、 薄手の肌着を着込んでいる。
本日は快晴。 気持ちの良い秋晴れである。
ただ一言、 呟いて新八が万事屋のソファにだらしなく腰掛ける銀時の膝の間に潜り込んだのは一昨日のことだった。
確かにその日は寒かった。
前日までは例年にないほど残暑厳しく、 おそらくこの日も一日蒸し暑い気候になるのだろう、 新八が朝の出勤前に考え、 いつもの武道袴で家を出たのも当然のことだった。
しかし予想に違いその日の気温は上昇することもなく、 ようやく例年通りとみられる気温にまで下がってしまったのだ。
いつもの夏の服装をしていた新八はたまったものではない。 まるで真夏の盛りに定春が少しでも涼しい場所を求めてタイル敷きの風呂場の床に寝そべるように、 新八は銀時の足の間に収まった。
銀時としてもその日の急激な冷え込みに足を擦り合わせていたところだった。
手元に舞い込んできた暖かな子供体温は突き放すには心地よすぎた。
それが、 一昨日。
そして今日、 一度は秋を通り越し一気に冬めいてきたなと感じていた二日前とは打って変わって、 寒くもなく、 だからといって暑くもなく、 何とも過ごしやすい例年通りの 「秋」 がやってきた。
「銀さん、 寒いです。」
この日の新八の服装は寒さに備えて厚手の布地でできた、 やはり武道袴である。
銀時の服装も、 年中同じように見えるがそれでもいつもの黒いシャツの下には余分に一枚、 薄手の肌着を着込んでいる。
本日は快晴。 気持ちの良い秋晴れである。
「あんなに幸せそうな新ちゃん、起こせるわけないじゃないか。」
タカチンは一人、途方に暮れていた。
先刻、 久しぶりに幼馴染の顔を見ようと志村邸に顔を出した。
玄関からではなく、 直接新八の部屋へ向かおうと庭へ回った。
日当たりの良い縁側で、 旧友と肩を並べてお茶を飲みながら近況を報告しあうのも悪くない。
そのための手土産も買ってきた。
旧交を温めて以来、 新八と過ごす穏やかな時間は暖かさを増すばかりだった。
新八の話す近況が、 万事屋の人遣いの荒い糖尿上司と怪力過食症の同僚の話ばかりだったとしても。
愚痴を交えた彼の万事屋での生活を聞くのは楽しかった。
彼の話の端々から、 新八が万事屋を大切に思っていることは感じられたし、 上司と同僚もまた同じように新八のことを思っていることが伺えた。
今日彼と話す事柄もきっと、 万事屋での壮絶ながらも暖かな生活と、 タカチン自身のささやかな日常、 そして自分たちの傾倒するアイドルの話に終わるのだろう。例え新八の話す生活の中にタカチンの姿は無くとも、 それが自分のささやかな日常を彩るのだ。
いつからだろう。 この幼馴染が、 二人で過ごす時間が、 誰よりも何よりも大切になっていた。
彼の親愛を受ける仕事仲間の話を聞くのが苦しくて、 それでも楽しげに語る新八を見ているのは嬉しくて、 幸せな想いを寄せていた。
志村邸縁側、 タカチンが新八と時を過ごそうと思っていたまさにその場所で、 本日は自分の希望が叶わないだろう事実を知った。
柔らかな陽の差すそこに、 目当ての人物はいた。
穏やかな陽気に誘われ日光浴でもしているうちに眠気まで誘われたのだろう、 新八は隣に居る人物の肩にもたれまどろんでいる。
新八に肩を貸す人物にも見覚えがあった。
何度か話したこともあるが、 会ったのはほんの数回。 しかし彼のことはよく知っていた。
ほかならぬ新八の口から何度も語られた糖尿上司だ。
「……なんか、 用?」
眠たげなまなざしで自分を見返す瞳に敵意は感じられない。
しかし、 隣に寄り添い眠る新八を起こす気配は無い。
「悪ィな、 何かこいつと約束でもしてた?」
「いや…… ちょっと新ちゃんの顔見にきただけなんで……」
「あ、 そう。 起こす?」
新八を起こすという気振りなど欠片も無いくせに、そんなことを言う。
「いえ、 いいです。 折角休んでいるみたいだし…… また来ます。
あ、 そうだこれ、 シュークリーム買ってきたんだけど良かったらどうぞ。」
そう答えるのが精一杯だった。
いつも自分が見ていたのは万事屋での雑務に追われながらも大切な人達と過ごす時間を、 悪口を交えつつも楽しそうに語る新八の姿だった。
もしくは「寺門通親衛隊隊長」としての頼りがいのある、しかし厳しい顔をした新八だった。
ころころ変わる彼の表情を見るのが好きだった。
あんなに気の抜けた、 安らいだ顔で眠る新八を見るのは初めてだった。
しかし思い出してみると、 幼い頃の新八もあんな顔をしていた。
志村邸から逃げるように退出し、 どこへ行くでもなく歩みを続けた。
先程の新八の寝顔は、 彼がまだ姉であるお妙に頼りきり守られていたころの幼い新八と重なるものがあった。
そして当時の自分はその新八に甘え、 頼り切っていたことも思い出す。
「俺はずっと、 強くなって新ちゃんを守れるようになりたい 、新ちゃんが安心して俺を頼ることが出来るように強くなろう…… なんて思っていたのにな」
幼い頃の些細ないざこざなんて、 本当はどうでも良かった。
幼い頃から貧乏に苦労していた。
姉弟二人だけで道場を守っていた。
苦しくないはずがないのに、 本当は自分たちのことだけで精一杯で他人に構っている余裕なんてあるはずないのに、 それでも自分を救ってくれていた。
そんな新八を今度は自分が守りたかった、 救いたかった。
彼に頼りきっていた自分を変えたかった。 だから、 彼から離れた。
しかし強くなるために入団したはずの暴走族 「舞流独愚」 から救ってくれたのは、 やはり新八だった。
昔も今も自分は新八に守られ続けている。
本当は彼を守りたいはずなのに、 そのために強くなりたいと願ったはずなのに。
守ることが不可能でもせめて彼の心の安らげる存在になりたい、 そう思っていたのだ。
自分の傍で笑っていて欲しかったのだ。
「何だ…… 結局は新ちゃんのためじゃなくて自分のためじゃないか」
自分がただ新八に傍に居て欲しいだけ、 新八が安らぐのは自分の隣であって欲しいだけ。
「俺はどこまでも新ちゃんに甘えてるんだな……」
でも、 それでも。
俺はやっぱり新ちゃんの傍に居たいんだ。
新ちゃんに傍に居て欲しいんだ。
二人で食べようと四個買ったシュークリーム。
新八はあの男と二人で食べるのだろうか。 それとも甘いものに目が無いと聞くやつのことだから、 新八を起こす前に一人で平らげてしまうのかもしれない。
彼の姉と同僚も交えた四人で分け合う可能性もある。その光景が目に浮かぶようだ。
きっと新八にとって、 何よりも幸せな時間になるだろう。
どうしようもなく、 足取りが重くなった。
--------------------------------------
「タカチーン!」
後ろから、 誰よりも優しく自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、 新八が息を切らせながらにこちらに向かって駆けて来るのが見える。
「あれ? 新ちゃん起きたの? さっきまで寝てたじゃない」
自分からも新八に駆け寄り尋ねた。
「うん、銀さんと話していたらいつの間にか縁側で寝ちゃっていたみたいなんだけど・・・・・・。
タカチンが来てたって銀さんが起こしてくれたんだ」
きっと恒道館からここまでずっと走ってきたのだろう、 新八は息を荒げながら答えた。
「それで、何か用事あったんじゃないの?」
ようやく息を落ち着かせた新八がタカチンに尋る。
「いや…… ただ、 新ちゃんが今日お休みだって聞いたから顔見に行っただけで、 特に用は無かったんだ……。
ごめんね、 ここまで走ってきてくれたのに……」
疑問を抱かずにはいられなかった。
自分は、 先刻ぐっすり眠っている新八を起こす必要は無いとあの男に伝えたはずである。
例えあの時新八を起こすように頼んだとしても、 おそらくそれは叶わなかっただろう。
自分が新八に好意を寄せていることなど、 きっと聡そうなあの男にはばれているはずだから。
格段聡くもない自分が、 あの男と新八が思いを寄せ合っていることに気が付いているように。
それなのに、 眠っている新八を起こし、 俺が新八に会いに来ていたことを伝えるなんて……。
人の好い新八のことだ。 自分が会いに来ていたと知ったならきっとこうして探して、 走って会いに来てくれるだろう。
そんな当たり前のことを想像できない筈がないのだ。
「俺なんか眼中に無いってことかよ……」
新八に聞こえないように溜息と一緒に吐き出した。
「え? なにタカチン? 何か言った? 」
微かに耳に入った溜息に新八が聞き返す。
「何でもないよ。 それよりごめんね新ちゃん、 特に用も無いのに急にお家に行ったりして……。
折角休んでたのに邪魔しちゃったみたいだし」
「気にしないでよ、 どうせ万事屋は毎日開店休業みたいなものなんだから。 休みも出勤日もあんまり変らないんだから」
そう言って新八は穏やかに笑った。
その表情は今日、 タカチンが見たかったもの。 叶わないと思っていた願いがこうも容易く叶えられてしまった。
しかしそれは決して先刻の、 銀時の傍で眠る顔のような安らいだものではない。 いつもの自分に向ける笑顔、 年相応に見えて少し違う、 大人びた苦労を知っている笑顔だ。
やはり、 自分は新八が全幅の信頼を寄せ、 頼ってくるような存在にはなれないのだろうか。
彼の姉のように、 あの男のように、 心底安らいだ顔を自分に向けることはないのだろうか。
新八の笑顔は何より優しかった。 そして同時に何よりも悲しかった。
「タカチン、 どうしたの? 折角久しぶりに会ったんだからゆっくり話そうよ。
そうだ! タカチン家にシュークリーム持ってきてくれてたでしょ、 それ一緒に食べよう! 珍しく銀さんが食べないで取っておいてくれたんだ!」
悲しい物思いを吹き飛ばすように新八が話しかけてきた。
「本当に珍しいんだよっ! 銀さんが甘いものに手をつけないなんて」
心底嬉しそうに話す新八に、 否応なく暗い思いは影を潜めてしまう。
―ああ、 確かに自分は新ちゃんが頼り、 甘えてくれる存在にはなれないのかもしれない……。
でも、―
「新ちゃん、 嬉しそうだね、 そんなに 『銀さん』 が好きなの?」
半分呆れているような顔を作り、 問いかけてみた。
瞬間、 新八は先刻のどちらかといえば陽気な笑顔の名残をとどめつつも、 顔を真っ赤に染め上げた。
「え……? 何それ? ちょ……何言ってるのちょっとタカチンん!!?」
あまりに素直な反応をしながらも否定する新八に、 今度こそ本当に呆れた顔になる。
「新ちゃん顔真っ赤!!それで隠してるつもりなの? バレバレだよ!
あ~あ、 良いのかなあ……寺門通親衛隊の隊長がお通ちゃん以外の人に想いを寄せるなんて。
どうしよっかな~ 軍曹に密告しちゃおっかな~」
「ちょっと止めてよタカチンんん!!」
からかうタカチンに真っ赤な顔で対応する新八、 二人は周りからするとどう見ても仲の良い友人同士にしか見えない。
血縁者でもなく、 上司でも部下でも同僚でもなく、 勿論恋人でもない二人だ。
そこには全幅の信頼もなければ恋慕の情も見受けられない。
それでも、 自分にだけ与えられる立ち位置が、 自分にだけ見せる表情はあった。
きっと新八はあの男の前ではこんな浅はかな誤魔化しなどしないだろう。 あの男の傍にいて、 何かを誤魔化さなければならない状態に陥ることなどそう無いはずだから。
つまらない独占欲かもしれない。 それでも何か一つ、 自分にだけ与えられるものが欲しかった。
手に入れようなんて思わない。 思う資格などないと感じていたから、 遠くで彼の使い古された幸せの欠片を集め、 満足していた。
おそらく糖尿上司兼恋人も怪力過食同僚も凶暴姉貴も見たことはないだろう表情を今この瞬間、 こんなにも容易く、 こんなにも近くで眺めている。
それは、ずっと欲しかった 「特別」 だった。
「ねえ、 新ちゃんの好きな人の話、 もっと聞かせてよ」
求めることを諦めて、 それでも抱き続けていた思いの行く末だった。
欲しかったものとは形が違う。
それでもどうしようもなく気持ちは弾んだ。
タカチンは一人、途方に暮れていた。
先刻、 久しぶりに幼馴染の顔を見ようと志村邸に顔を出した。
玄関からではなく、 直接新八の部屋へ向かおうと庭へ回った。
日当たりの良い縁側で、 旧友と肩を並べてお茶を飲みながら近況を報告しあうのも悪くない。
そのための手土産も買ってきた。
旧交を温めて以来、 新八と過ごす穏やかな時間は暖かさを増すばかりだった。
新八の話す近況が、 万事屋の人遣いの荒い糖尿上司と怪力過食症の同僚の話ばかりだったとしても。
愚痴を交えた彼の万事屋での生活を聞くのは楽しかった。
彼の話の端々から、 新八が万事屋を大切に思っていることは感じられたし、 上司と同僚もまた同じように新八のことを思っていることが伺えた。
今日彼と話す事柄もきっと、 万事屋での壮絶ながらも暖かな生活と、 タカチン自身のささやかな日常、 そして自分たちの傾倒するアイドルの話に終わるのだろう。例え新八の話す生活の中にタカチンの姿は無くとも、 それが自分のささやかな日常を彩るのだ。
いつからだろう。 この幼馴染が、 二人で過ごす時間が、 誰よりも何よりも大切になっていた。
彼の親愛を受ける仕事仲間の話を聞くのが苦しくて、 それでも楽しげに語る新八を見ているのは嬉しくて、 幸せな想いを寄せていた。
志村邸縁側、 タカチンが新八と時を過ごそうと思っていたまさにその場所で、 本日は自分の希望が叶わないだろう事実を知った。
柔らかな陽の差すそこに、 目当ての人物はいた。
穏やかな陽気に誘われ日光浴でもしているうちに眠気まで誘われたのだろう、 新八は隣に居る人物の肩にもたれまどろんでいる。
新八に肩を貸す人物にも見覚えがあった。
何度か話したこともあるが、 会ったのはほんの数回。 しかし彼のことはよく知っていた。
ほかならぬ新八の口から何度も語られた糖尿上司だ。
「……なんか、 用?」
眠たげなまなざしで自分を見返す瞳に敵意は感じられない。
しかし、 隣に寄り添い眠る新八を起こす気配は無い。
「悪ィな、 何かこいつと約束でもしてた?」
「いや…… ちょっと新ちゃんの顔見にきただけなんで……」
「あ、 そう。 起こす?」
新八を起こすという気振りなど欠片も無いくせに、そんなことを言う。
「いえ、 いいです。 折角休んでいるみたいだし…… また来ます。
あ、 そうだこれ、 シュークリーム買ってきたんだけど良かったらどうぞ。」
そう答えるのが精一杯だった。
いつも自分が見ていたのは万事屋での雑務に追われながらも大切な人達と過ごす時間を、 悪口を交えつつも楽しそうに語る新八の姿だった。
もしくは「寺門通親衛隊隊長」としての頼りがいのある、しかし厳しい顔をした新八だった。
ころころ変わる彼の表情を見るのが好きだった。
あんなに気の抜けた、 安らいだ顔で眠る新八を見るのは初めてだった。
しかし思い出してみると、 幼い頃の新八もあんな顔をしていた。
志村邸から逃げるように退出し、 どこへ行くでもなく歩みを続けた。
先程の新八の寝顔は、 彼がまだ姉であるお妙に頼りきり守られていたころの幼い新八と重なるものがあった。
そして当時の自分はその新八に甘え、 頼り切っていたことも思い出す。
「俺はずっと、 強くなって新ちゃんを守れるようになりたい 、新ちゃんが安心して俺を頼ることが出来るように強くなろう…… なんて思っていたのにな」
幼い頃の些細ないざこざなんて、 本当はどうでも良かった。
幼い頃から貧乏に苦労していた。
姉弟二人だけで道場を守っていた。
苦しくないはずがないのに、 本当は自分たちのことだけで精一杯で他人に構っている余裕なんてあるはずないのに、 それでも自分を救ってくれていた。
そんな新八を今度は自分が守りたかった、 救いたかった。
彼に頼りきっていた自分を変えたかった。 だから、 彼から離れた。
しかし強くなるために入団したはずの暴走族 「舞流独愚」 から救ってくれたのは、 やはり新八だった。
昔も今も自分は新八に守られ続けている。
本当は彼を守りたいはずなのに、 そのために強くなりたいと願ったはずなのに。
守ることが不可能でもせめて彼の心の安らげる存在になりたい、 そう思っていたのだ。
自分の傍で笑っていて欲しかったのだ。
「何だ…… 結局は新ちゃんのためじゃなくて自分のためじゃないか」
自分がただ新八に傍に居て欲しいだけ、 新八が安らぐのは自分の隣であって欲しいだけ。
「俺はどこまでも新ちゃんに甘えてるんだな……」
でも、 それでも。
俺はやっぱり新ちゃんの傍に居たいんだ。
新ちゃんに傍に居て欲しいんだ。
二人で食べようと四個買ったシュークリーム。
新八はあの男と二人で食べるのだろうか。 それとも甘いものに目が無いと聞くやつのことだから、 新八を起こす前に一人で平らげてしまうのかもしれない。
彼の姉と同僚も交えた四人で分け合う可能性もある。その光景が目に浮かぶようだ。
きっと新八にとって、 何よりも幸せな時間になるだろう。
どうしようもなく、 足取りが重くなった。
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「タカチーン!」
後ろから、 誰よりも優しく自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、 新八が息を切らせながらにこちらに向かって駆けて来るのが見える。
「あれ? 新ちゃん起きたの? さっきまで寝てたじゃない」
自分からも新八に駆け寄り尋ねた。
「うん、銀さんと話していたらいつの間にか縁側で寝ちゃっていたみたいなんだけど・・・・・・。
タカチンが来てたって銀さんが起こしてくれたんだ」
きっと恒道館からここまでずっと走ってきたのだろう、 新八は息を荒げながら答えた。
「それで、何か用事あったんじゃないの?」
ようやく息を落ち着かせた新八がタカチンに尋る。
「いや…… ただ、 新ちゃんが今日お休みだって聞いたから顔見に行っただけで、 特に用は無かったんだ……。
ごめんね、 ここまで走ってきてくれたのに……」
疑問を抱かずにはいられなかった。
自分は、 先刻ぐっすり眠っている新八を起こす必要は無いとあの男に伝えたはずである。
例えあの時新八を起こすように頼んだとしても、 おそらくそれは叶わなかっただろう。
自分が新八に好意を寄せていることなど、 きっと聡そうなあの男にはばれているはずだから。
格段聡くもない自分が、 あの男と新八が思いを寄せ合っていることに気が付いているように。
それなのに、 眠っている新八を起こし、 俺が新八に会いに来ていたことを伝えるなんて……。
人の好い新八のことだ。 自分が会いに来ていたと知ったならきっとこうして探して、 走って会いに来てくれるだろう。
そんな当たり前のことを想像できない筈がないのだ。
「俺なんか眼中に無いってことかよ……」
新八に聞こえないように溜息と一緒に吐き出した。
「え? なにタカチン? 何か言った? 」
微かに耳に入った溜息に新八が聞き返す。
「何でもないよ。 それよりごめんね新ちゃん、 特に用も無いのに急にお家に行ったりして……。
折角休んでたのに邪魔しちゃったみたいだし」
「気にしないでよ、 どうせ万事屋は毎日開店休業みたいなものなんだから。 休みも出勤日もあんまり変らないんだから」
そう言って新八は穏やかに笑った。
その表情は今日、 タカチンが見たかったもの。 叶わないと思っていた願いがこうも容易く叶えられてしまった。
しかしそれは決して先刻の、 銀時の傍で眠る顔のような安らいだものではない。 いつもの自分に向ける笑顔、 年相応に見えて少し違う、 大人びた苦労を知っている笑顔だ。
やはり、 自分は新八が全幅の信頼を寄せ、 頼ってくるような存在にはなれないのだろうか。
彼の姉のように、 あの男のように、 心底安らいだ顔を自分に向けることはないのだろうか。
新八の笑顔は何より優しかった。 そして同時に何よりも悲しかった。
「タカチン、 どうしたの? 折角久しぶりに会ったんだからゆっくり話そうよ。
そうだ! タカチン家にシュークリーム持ってきてくれてたでしょ、 それ一緒に食べよう! 珍しく銀さんが食べないで取っておいてくれたんだ!」
悲しい物思いを吹き飛ばすように新八が話しかけてきた。
「本当に珍しいんだよっ! 銀さんが甘いものに手をつけないなんて」
心底嬉しそうに話す新八に、 否応なく暗い思いは影を潜めてしまう。
―ああ、 確かに自分は新ちゃんが頼り、 甘えてくれる存在にはなれないのかもしれない……。
でも、―
「新ちゃん、 嬉しそうだね、 そんなに 『銀さん』 が好きなの?」
半分呆れているような顔を作り、 問いかけてみた。
瞬間、 新八は先刻のどちらかといえば陽気な笑顔の名残をとどめつつも、 顔を真っ赤に染め上げた。
「え……? 何それ? ちょ……何言ってるのちょっとタカチンん!!?」
あまりに素直な反応をしながらも否定する新八に、 今度こそ本当に呆れた顔になる。
「新ちゃん顔真っ赤!!それで隠してるつもりなの? バレバレだよ!
あ~あ、 良いのかなあ……寺門通親衛隊の隊長がお通ちゃん以外の人に想いを寄せるなんて。
どうしよっかな~ 軍曹に密告しちゃおっかな~」
「ちょっと止めてよタカチンんん!!」
からかうタカチンに真っ赤な顔で対応する新八、 二人は周りからするとどう見ても仲の良い友人同士にしか見えない。
血縁者でもなく、 上司でも部下でも同僚でもなく、 勿論恋人でもない二人だ。
そこには全幅の信頼もなければ恋慕の情も見受けられない。
それでも、 自分にだけ与えられる立ち位置が、 自分にだけ見せる表情はあった。
きっと新八はあの男の前ではこんな浅はかな誤魔化しなどしないだろう。 あの男の傍にいて、 何かを誤魔化さなければならない状態に陥ることなどそう無いはずだから。
つまらない独占欲かもしれない。 それでも何か一つ、 自分にだけ与えられるものが欲しかった。
手に入れようなんて思わない。 思う資格などないと感じていたから、 遠くで彼の使い古された幸せの欠片を集め、 満足していた。
おそらく糖尿上司兼恋人も怪力過食同僚も凶暴姉貴も見たことはないだろう表情を今この瞬間、 こんなにも容易く、 こんなにも近くで眺めている。
それは、ずっと欲しかった 「特別」 だった。
「ねえ、 新ちゃんの好きな人の話、 もっと聞かせてよ」
求めることを諦めて、 それでも抱き続けていた思いの行く末だった。
欲しかったものとは形が違う。
それでもどうしようもなく気持ちは弾んだ。
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