坂田と姉上
「ちょっと前までは……」
志村邸の居間で、電源を付けたばかりの冷えた炬燵に足を突っ込みながら、向かいに銀時と同じように炬燵が暖まるのを待っている志村妙に、というよりもまるで自分自身に言い聞かせるようくぐもった声で呟いた。
聞かせるでもなく発せられた声はそれでもまぎれもなく自分に向けられた言葉なのだろうと感じた妙は銀時に耳を傾ける。
「判りやすい奴だと思ってたよ。嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ怒るし、悲しけりゃ泣く。」
妙の目を見るでもなく、声を大きくするでもなく相変わらずもごもごと独り言のように続いた言葉はひどく不明瞭だが、妙の耳にはよく届いた。彼女が最愛の弟に関する話題を聞き逃すはずがないのだ。
それを判っていてこの男はわざとぼそぼそと喋る。
耳を澄ませば自分たちに出す茶を用意するために台所で立ち働く弟の息遣いが聞こえるような気がする。
そんな静寂の中でさえ意識を集中しなければ聞き逃してしまいそうな声で話す男の顔を、いっそのこと殴ってしまいたかった。いくら拒んでも妙の前に顔を出すことを止めない、あの黒い隊服に身を纏った大柄なゴリラのように、原型を留めぬほどに顔面をぼこぼこにしてやりたい。弟がこの男を判別できないほどに。
(……いえ、ゴリラにしては小柄なほうかしら……。)
思い浮かべた近藤の形容を訂正して、観念して向かいに座る男に問いかける。
「あら、新ちゃんは嬉しければ笑うし、腹が立てば怒るし、悲しければ涙を流す、そんな素直な良い子よ。」
何でもないように微笑みながら返答する妙の瞳はそれでも笑っていない。
ちらりと妙の様子を伺った銀時の瞳は澱んでいて、妙はいつの日か弟が語った言葉を思い出す。
(いつもは死んだ魚のような目、なんて言われてますし、実際僕もそう思います。
……でもねェ)
あの後弟は何て言ってたんだっけ……。
記憶を遡ろうとする頭を遮るように、再び銀時が口を開いた。
「確かに、あいつは嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ笑う、悲しけりゃ泣くんだようなぁ……。
でもよぉ……。」
今度はしっかりと妙を見据えて銀時はのたまう。それがやたらに癪に障った。
この男が、弟の何を知っているというのだ。弟が生まれたその日から、一番近くにいたのはこの私だ。
姉であるこの私なのだ。それはこれからもきっと、変わらない。誰にも変えられるはずがない。
それほどまでに私たちは、どうしようもないほど家族なのだ。
こんな降って沸いて出てきたような男に弟のことが判ってたまるか。
続く銀時の言葉を妙は聞きたくなかった。彼の語る弟の姿なんて知りたくなかった。
先刻思い出そうとした弟の、この男を語る姿さえ、記憶から抹消したかった。
「姉上、銀さん、お茶が入りましたよ。」
それまでの静寂を破るような能天気にも聞こえる声に場の空気がたわんだ。
声の主の手には湯気を上げる湯飲みが三つ乗った盆。
「今日は冷えますね~」
台所に立った序に流しにあった食器でも洗ったのだろうか、少年の両手は真っ赤で、炬燵に入るとすぐさまそ布団の中に両手を潜り込ませてかじかんだ手の感覚を取り戻そうと擦り合わせる。
いつの間にか、炬燵は暖まっていた。
「ちょっと前までは……」
志村邸の居間で、電源を付けたばかりの冷えた炬燵に足を突っ込みながら、向かいに銀時と同じように炬燵が暖まるのを待っている志村妙に、というよりもまるで自分自身に言い聞かせるようくぐもった声で呟いた。
聞かせるでもなく発せられた声はそれでもまぎれもなく自分に向けられた言葉なのだろうと感じた妙は銀時に耳を傾ける。
「判りやすい奴だと思ってたよ。嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ怒るし、悲しけりゃ泣く。」
妙の目を見るでもなく、声を大きくするでもなく相変わらずもごもごと独り言のように続いた言葉はひどく不明瞭だが、妙の耳にはよく届いた。彼女が最愛の弟に関する話題を聞き逃すはずがないのだ。
それを判っていてこの男はわざとぼそぼそと喋る。
耳を澄ませば自分たちに出す茶を用意するために台所で立ち働く弟の息遣いが聞こえるような気がする。
そんな静寂の中でさえ意識を集中しなければ聞き逃してしまいそうな声で話す男の顔を、いっそのこと殴ってしまいたかった。いくら拒んでも妙の前に顔を出すことを止めない、あの黒い隊服に身を纏った大柄なゴリラのように、原型を留めぬほどに顔面をぼこぼこにしてやりたい。弟がこの男を判別できないほどに。
(……いえ、ゴリラにしては小柄なほうかしら……。)
思い浮かべた近藤の形容を訂正して、観念して向かいに座る男に問いかける。
「あら、新ちゃんは嬉しければ笑うし、腹が立てば怒るし、悲しければ涙を流す、そんな素直な良い子よ。」
何でもないように微笑みながら返答する妙の瞳はそれでも笑っていない。
ちらりと妙の様子を伺った銀時の瞳は澱んでいて、妙はいつの日か弟が語った言葉を思い出す。
(いつもは死んだ魚のような目、なんて言われてますし、実際僕もそう思います。
……でもねェ)
あの後弟は何て言ってたんだっけ……。
記憶を遡ろうとする頭を遮るように、再び銀時が口を開いた。
「確かに、あいつは嬉しけりゃ笑うし、ムカつきゃ笑う、悲しけりゃ泣くんだようなぁ……。
でもよぉ……。」
今度はしっかりと妙を見据えて銀時はのたまう。それがやたらに癪に障った。
この男が、弟の何を知っているというのだ。弟が生まれたその日から、一番近くにいたのはこの私だ。
姉であるこの私なのだ。それはこれからもきっと、変わらない。誰にも変えられるはずがない。
それほどまでに私たちは、どうしようもないほど家族なのだ。
こんな降って沸いて出てきたような男に弟のことが判ってたまるか。
続く銀時の言葉を妙は聞きたくなかった。彼の語る弟の姿なんて知りたくなかった。
先刻思い出そうとした弟の、この男を語る姿さえ、記憶から抹消したかった。
「姉上、銀さん、お茶が入りましたよ。」
それまでの静寂を破るような能天気にも聞こえる声に場の空気がたわんだ。
声の主の手には湯気を上げる湯飲みが三つ乗った盆。
「今日は冷えますね~」
台所に立った序に流しにあった食器でも洗ったのだろうか、少年の両手は真っ赤で、炬燵に入るとすぐさまそ布団の中に両手を潜り込ませてかじかんだ手の感覚を取り戻そうと擦り合わせる。
いつの間にか、炬燵は暖まっていた。
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