「好き、 愛してる、 ずっと触れていたい、 お前を抱きてェ……」
もう何度目だろうか。
柄に合わない銀時の薄ら寒い科白に新八は溜息をついた。
最初は冗談だろうと思った。
しかし、 そうではなかったらしい。 もう一週間ほど、 銀時は暇さえあれば新八に向かって聞くだけで羞恥に苛まれるような言葉を発し続けていた。
場所がどこであろうと、 周りに誰が居ようと、 構うことなく普段からは考えられないほどの真面目腐った声と顔で、 言葉を送る。
「一生一緒に居てください。 俺の死に水をとってください。 お前の傍で一番長い時間を生きる人間として俺を選んでください。」
最初、 そう言われたときは悪ふざけにも程があると思った。
「言うは一時の恥、 言わぬは一生の後悔だ」
という、 間違ってはいるのだが妙に納得してしまう返答。
神楽は最初こそ驚き、 銀時の体調を案じていたものの、 慣れてしまった今となっては新八に同情めいた視線を投げかけるだけだ。
そして新八も、 銀時がこのような趣味の悪い冗談を言う人間ではないことくらい知っていた。 彼の声から滲み出る真剣さが本物であるかどうかが判らないほど、 二人の過ごしてきた時間は薄くもない。
それでも銀時の言葉に首を縦にふることはしなかった。
だからといってはっきりと断ることも、 聞き流すことも出来ずにいた。 そんな一週間。
痺れを切らせたのは銀時と神楽、 同時だった。
「新八ィ、 お前いつまで銀ちゃんをあんな調子にしとくつもりネ? お前がいつもでも返事しないからあの天パずっとうざいまんまヨ! とっとと返事するアルっ!」
「新八ィ、 いつになったらお前頷いてくれんの? 『言うは一時の恥』 なんて言ったけどよォ…… もうこれ、 一時じゃないじゃん! 俺 ずっと恥ずかしいまんまじゃん!」
新八に詰め寄る。
傍目には強気に見える二人だが、 新八の目にはそうは映らない。
神楽は新八の返答次第で、 万事屋の、 三人と一匹で均衡を保ってきた今までのバランスが崩れるのを恐れている。
銀時も、 恥を捨てすべてを投げ打って何もかもを賭けて新八に伝えて来た気持ちが不意になることを恐れている。
二人の共通の不安。 それは万事屋を、 自分たちの居場所を失うこと。
だからこそ我慢を知らないこの二人が一週間、 ここまで耐えてきた。
「大丈夫ですよ、 僕らは。」
新八は言った。 出来る限り安心させるよう穏やかに、 微笑みながら。
彼にしても、 万事屋は大切な居場所で、 失うことは何よりも避けたい事。 神楽と銀時の恐れはもっともで、 新八の胸をも深く抉る。
「……何が大丈夫アルかっ! いいからさっさと銀ちゃんに返事するネっ!」
半ば泣きそうな顔で言われる。 彼女の泣き顔に新八は弱い。
不安を取り除いてやるために頭を撫でてやりたかった。 抱きしめて、 背を撫でて、 耳元で彼女を安心させるための言葉を何度でも囁きたかった。
それを堪えるためにぐっと拳を握り締める。
まだ、 返事をする気にはなれない。
新八も限界だった。
この一週間、 銀時に薄ら寒い科白を聞かされ続けていたこと。 周囲の人間から向けられる生暖かい眼差し。 そして今、 この二人にこんな表情をさせていること。
大好き。 大切。 愛してる。
どんなに態度で示していても、 言葉に出さなければ人は不安になる。
だからこそ、 銀時は新八に言葉を紡ぎ続けた。
態度で、 言葉で、 想いを告げてきた。
しかし―
「……銀さん、 神楽ちゃんに、 アンタが彼女に対して思う気持ちをありのままに言葉にしてみてください。」
思い切り、 新八は口を開いた。
銀時の目を真っ直ぐに見つめて。
「ほら、 早く。 どうしたんですか? 僕には今まで散々言ってきたじゃないですか。」
我ながら意地が悪いと思いながらも急かす。
新八の目を見つめ返し、 暫くは戸惑う素振りを見せていた銀時も意を決したのか、 神楽に向き直る。
もともと銀時は素直な言葉で気持ちを伝えることを得意としない。 そんな彼が、 新八に向けて告げてきた言葉。
その重みは痛いほど解っていた。
泣き出したくなるほど、 伝わっていた。
―それでも、 足りなかった。
欲張りな自分には彼の何が不足なのか、 早く気付いて欲しかった。
「かっ……神楽ァ、 俺は…… お前のことを、 ち…… 血は繋がっちゃいねーよ、 そりゃ。
それでも、 その……、 家族みたいだな~…… なんてよ、 思ってみたり…… な、」
口ごもりながら、 神楽を見据えて銀時は言う。
「そりゃ、…… お前にはちゃんとした親父が居るよ? ……でもな、 俺はよ……」
銀時のこめかみに汗が伝う。
「し……んぱちと、 俺とお前と、 さっ定春と? ……三人と一匹で? 万事屋として、 だなァ………」
限界だった。 これ以上は言葉にすることなどできない。
思いを、 心を、 ありていに吐露するには銀時は年をとりすぎていた。
それを乗り越えて、 新八に思いを告げてきた。
毎日羞恥で心臓が千切りとられるような気持ちで、 伝えてきた。
何が、 足りなかったのだろうか……。
沈黙が三人を包んだ。
「銀ちゃん、 違うアルよ全然! 新八のときと」
重い空気を最初に破ったのは神楽だった。
その目は、 先程とは打って変わって明るく輝いている。
「新八ィ、 やっぱりまだ返事しなくても良いアル! このマダオがちゃんとお前に気持ちぶつけるまで」
「…… わかってくれた? 神楽ちゃん。」
晴れた彼女の表情に、 新八はとりあえず胸を撫で下ろした。
後は、 銀時だ。
「銀ちゃん! 新八の目ェ見つめながら、 いつもみたいにさっぶいこと言うネ! それでこの駄眼鏡すぐ墜ちるアルよ!」
困惑顔の銀時に神楽が言う。
これからすぐに始まるだろう、 万事屋の、 きっと更なる幸せが待ち受けている関係に思いを馳せて、 その声は弾む。
銀時は新八に、 真剣に気持ちを伝えてきた。 声に表情に、 心を乗せて。
普通ならそれで充分過ぎるはずだった。
二人の想いは常に互いを向いていたのだから。
しかし新八は知り過ぎていた。
銀時に近づき過ぎていた。
だから、 もっと、 全てが欲しくなった。
「……銀さん、 いつもみたいなこと、 言って下さい。」
銀時を見据えて新八が乞う。
「僕の目を見てまっすぐに」
銀時の声も、 顔も、 新八に想いを告げるときはいつも真剣だった。 それは、 最初から解っていた。
彼が全てを賭けて自分に気持ちをぶつけていること。
疑うべきも無くただ、 自分を想ってくれていること。
それを何より幸福に感じたこと。
ただ、 その瞳だけは新八を映していなかった。
だから、 欲しかった。
普段は死んだ魚のそれだと称される彼の瞳が、 いざという時にはどのように輝くか、 知ってしまっていた。
どれほど強く、 時に凶暴に感じるほどの光を湛えるか、 新八は一番近くで見てきていた。
あの光が、 欲しかった。
「……ねェ、 銀さん……」
銀時が新八に向き直る。
その目は真っ直ぐに新八を見つめている。 ただひたすらに、 新八だけを。
「し…… 新八ィ…………」
やがて、 銀時が重い口を開く。
そしてまた噤む。
開いては閉じてを繰り返す。
耳どころか首筋まで赤く染まった顔。 口元は痙攣し形を崩している。 剃り残しだろうか、 一本だけ長い無精髭。 眉間に皺を寄せて、 血走った眼。 こめかみに緑色の血管が浮いている。 顔中に脂汗を掻き、鼻の頭と額が照かる。 鼻の穴は何故か右だけひくついている。 よく見たら少しだけ、 鼻毛も出ていた。 荒い鼻息に合わせてそよぐ。
―鼻毛まで白髪なんだ、 この人は。 あっ 目脂発見。
ああ、 泣きそうだ。 銀さんも、 僕も、 多分神楽ちゃんも……。
この人の格好悪い姿はこれまでに何度も見てきたけど、 こんな不細工な顔、 初めてだ。
それでも目だけは新八から外されることはなかった。
救いようのないこのひどい顔が自分たちの新しい関係の始まりなんだと思ったら、 どうしようもないほど笑いが込み上げる。
傍で神楽も噴出したいのを堪えている。
―お願いだから神楽ちゃん、 もうちょっと我慢してよ。 君が噴いたらぼくもつられちゃうからね。
片目を閉じることで、 そう合図する。
銀時は口を閉ざしたまま、 必死の形相で言葉を捜している。
聞こえの良い言葉を捜す必要なんてもうなかった。 それでも新八に伝えるべき言葉を模索する。
何を言っても新八と神楽は腹を抱えて笑うだろう。 目尻に涙を浮かべて笑い転げるだろう。
その先にあるのはきっと、 誰もが望んだ万事屋の未来だから。
声に乗せるべき言葉を見出せないまま、 銀時は喉を絞り、 呻いた。
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銀新の馴れ初めとか告白話にはどうしても神楽を絡ませたい。
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